『華氏911』は偏向しているか?

TomoMachi2004-07-15

日本にいる人にはわからないと思うので書いておく。
マイケル・ムーアよりもアメリカのマスコミのほうがはるかに偏向して情報操作している。


日本ではイラク戦争に関するネガティブな報道や現地の被害も報道されたと思うが、
実はアメリカのマスコミは、2003年3月の開戦からは反戦的論調を自らに封じ、
異常なほど戦争バンザイ一色に偏向していたのだ。


もちろんブッシュが戦争を準備している間は大量破壊兵器アルカイダとの関係を疑問視する論調もあったが、
開戦した途端に全テレビ局が「戦争万歳報道」に殺到してしまった。
そうしなければ軍から取材を許されなかったからだ。
実際、途中で帰されてしまった記者もいる。
もうひとつの理由は後述するが親会社のせいだ。
しかし、最も大きな理由はアメリカ万歳報道を国民が求めたからだ。
なかでもいちばんイケイケ報道を続けたFOXニューズが比較的中立的だったCNNを視聴率で圧倒してしまった。


恐るべきは、たぶん日本の人たちが普通にテレビで見ていた「子供の死を嘆くイラクの母」や「アメリカに怒るイラク人」「怪我をしたイラクの子供」はもちろん、「死んだアメリカ兵」や「負傷したアメリカ兵」の姿さえアメリカの新聞やテレビには開戦後一年ほどは登場しなかったのだ。
映るのは「フセイン政権崩壊を喜ぶ群衆」や「イラクの子供たちに笑顔でお菓子を配るアメリカ兵」のようなポジティブなイメージだけだったのだ。
もうすぐ公開されるドキュメンタリー映画『アウトフォックスト』では、実際にFOXのスタッフ間で回されていたメモが暴露されるが「負傷した人を映すな」とか、それはそれは実に露骨で意図的な歪曲報道だったのだ。


たとえばジェシカ・リンチが負傷した交通事故では、同乗していたロリ・ピエステワ(23歳)という二人の子持ちのアメリカ原住民の女性兵士も死亡し、彼女は女性で最初の戦死者になったが、政府とマスコミは生き残ったリンチについて大キャンペーンを展開して、死者の存在をかき消した(後から本人が告白したように、ジェシカ・リンチ英雄伝説は軍とマスコミが結託して捏造したまったくのデッチ上げだった。特にワシントンポストがその戦犯だ)。


戦争が始まって半年後の9月、フリー・ジャーナリストのヴィンセント・L・グアリスコは「葬送のトランペットが聞こえない」という記事を独立系新聞やネットに配信した。
「すでに三百人以上が戦死しているのに、彼らの棺や葬儀や嘆き悲しむ遺族の姿はテレビでも新聞でもほとんど見かけない。いったいどうなっているんだ?」


 それをアメリカのテレビが初めて放映したのは開戦後一年以上経った2004年4月1日だった。その前日にファルージャアメリカ人の「傭兵」4人が殺され、その死体が群集にバラバラにされる映像がテレビで放送された。
 続いて4月23日、全米の有力紙の一面を星条旗に包まれた二十あまりの棺の写真が飾った。イラクで戦死した米兵がクウェートから故郷に送られるため輸送機に載せられたところだ。写真を投稿したタミ・シリシオという女性は基地で働く民間人だった。国防総省はこの写真に怒りを表明し、シリシオを契約違反で解雇した。


 ベトナム反戦運動が急激に高まったのは、テト攻勢の激戦がテレビで放送されたのがきっかけだった。黒人公民権運動にアメリカ人が共感したのも、非暴力デモを続ける黒人たちに警官隊が放水し、犬をけしかける映像が放送されたのがきっかけだった。だからブッシュ政府は戦争の悲惨な部分を隠し続け、アメリカのマスコミはそれに協力してきた。


 そんな御用マスコミをムーアの『華氏911』は、ブッシュ以上に激しく叩いている。ほとんど全員のニュースキャスターが嬉々としてバグダッド陥落を告げる映像を見せて「さらしもの」にしているのだ。そして、ジャーナリストたちは、政治に素人の映画作家ごときが自分たちのテリトリーを侵犯して、そればかりかジャーナリスト批判までしているので反発しているのだ。


 ちなみにNBC、CBS、ABCの三大ネットワークで比較して(あくまで比較して)最も体制翼賛色が薄いのはCBS。イラク人虐待の映像を流したのはCBSだ。CBSの親会社はメディア・コングロマリットバイアコムなのでブッシュ政権からの圧力が比較的少ない。バイアコムはハワード・スターン・ショーの製作会社でもある。またバイアコム傘下のMTVではイラクに住む若者に戦時下のバグダッドを取材させたり、選挙人登録を呼びかけたり、今回の民主党大会でも協賛キャンペーンを行っている。

 ABCの親会社はディズニーで、ディズニーのCEOマイケル・アイズナーはブッシュに政治献金している男であり、ご存知のように『華氏911』を封印しようとした。


 そしてNBCの親会社GEは軍需産業である。NBCのマット・ロウアーはムーアのインタビューで『華氏911』を「事実を捻じ曲げたプロパガンダだ」と決め付けたが、ロウワーは『華氏911』の中でイラク侵攻万歳報道をしている姿を「さらしもの」にされている。
 また「ニューズウィーク」誌は現在NBC系である。「ニューズウィーク」のマイケル・イシコフは『華氏911』の事実誤認を突つき、ニューズ専門のチャンネルMSNBCはイシコフの記事に基づいて『華氏911』批判の特別番組を放送した。


 ちなみにイシコフの指摘した点はすでにムーアによって論破されている(公式サイト参照)。たしかに『華氏911』が提出した「事実」は「事実」だが、その並べ方によって、曖昧な「陰謀論」を観客に連想させるように編集されている。そこが問題視される点だ。

実は『華氏911』はそういう陰謀論のところが説得力が弱いし、いちばん面白くない。
華氏911』で強いのは、アメリカのメディアが隠してきた映像だ。
テロを知っても呆然として何もせずに絵本を読むブッシュ、
イラクの平和な子供たちと、空爆で殺された子供、
手足を失った米兵、ブッシュに怒る米兵、息子を失った母、
そして「戦争はいい商売になるね」と笑う軍事産業の経営者、
こうした議論の余地なき現実こそが『華氏911』の力なのだ。

ムーアもここだけで勝負してたら攻撃されるスキを与えなかったのにと思うよ。


 しかし、MSNBCのブロガーでもあるリベラルの論客エリック・アルターマン www.ericalterman.com は『華氏911』に対するジャーナリストによる攻撃について、いいことを言っている。

「そんなに厳密に『華氏911』の事実関係をチェックする能力があるなら、なんでブッシュがイラクアルカイダとつるんでるとか大量破壊兵器を持っていると言っていた時にそれをやらなかったんだ? もしその時にウソを暴いていれば、こんなに沢山の人が死ななくてもすんだのに」


 アメリカのマスコミの偏向は今も続いている。たとえばブッシュはベトナム戦争を逃れて州兵になっていた間もサボっていたと疑惑を持たれ、その資料の公開が軍に求められていたが、軍は、ちょうどブッシュの記録がある部分だけのマイクロフィルムを管理ミスで破損して破棄したと発表した。ブッシュの記録の部分だけ破損するとは都合のいい話もあるもんだ。これでブッシュの徴兵忌避の真相は永遠にわからなくなった。しかしこのニュースはアメリカのメディアではほとんど報じられてない。NYタイムズが記事にしたが、アメリカ人の大部分は知らないままである。


ムーアは先日の外国人向け記者会見でこう言った。
アメリカのマスコミは新聞からテレビまで毎日24時間、ブッシュ万歳報道を展開している。“フセインはテロリスト”“イラク戦争は正しい”という叫びで四六時中人々を洗脳している。そんななかに僕の映画がたった二時間、違う意見を言っただけでどうしてプロパガンダと非難されるんだ。僕の映画は見たい人だけが見るものだが、マスコミは見る気がなくても無理やりしつこく押し付けてくるんだぜ」