「華氏911」がネオコンの陰謀?

TomoMachi2004-07-16

「国際ジャーナリスト」として活躍されている田中宇氏が
「「華氏911」とイスラエル」という題名の記事で、
「謀略をやっているのはムーアの方ではないか」との見出しを立て、
「『華氏911』は、タカ派イスラエルが有利になるような配慮を持って制作された可能性が大きい」
と書いています。
http://www.tanakanews.com/e0716moore.htm

これはもう大変な国際的スクープ、スキャンダルです。
ムーアが宿敵のはずのタカ派ネオコンに実は協力していたなんて、
まったくジェームズ・ボンドは実はKGBのスパイだったみたいな大事件です。
(著書を読めば明らかなようにムーアはブッシュをバカな傀儡と見ており、彼の真の敵はその背後にいるタカ派と大企業どもです)
これが本当なら、『華氏911』を観てムーアに共感した全世界の数百万人の人々はみんなだまされていたことになります。


私もガルマみたいな気持ちになりましたので、
田中氏の記事はさっそく英語に訳して全世界に知らせないといけないと思いました。


そして記事をよく読んでみたのですが、どうも変です。


ムーアが「タカ派イスラエルに有利になるよう」に『華氏911』を作ったとしながら、
なんで彼がそんなことをしたのか、理由がどこにも書いてありません。
それによってムーアがどういう利益を得るのか、その動機も書いてありません。
もちろんネオコンと彼のコネクションを裏付ける事実も書いてありません。


そこで、田中氏がその説のソースにしているネット記事を読んでみたら、
「『華氏911』を観たらアメリカのイスラエル援助への批判が出てこないし、サウジを批判しているので、ネオコンにとって得な内容だと思う」と書いてあるだけでした。
つまり、ムーアがネオコンとつながっているなんて、どこにも書いていないんですよ。
それなのに田中氏は、ムーアがイスラエルネオコンの利益になるように「華氏911」を作ったという「陰謀説」を展開しているのです。


田中氏は、ムーアが常日頃からイスラエルへの支援に徹底して激しく反対していることを知らないのでしょう。
ムーアは『アホでマヌケなアメリカ白人』でアメリカのイスラエル援助を徹底的に批判しています(P208〜)。
そこではムーアは「オレが払った税金がイスラエルに送られて、パレスチナの子供を殺すのに使われてるのは許せん!」と激怒し、
アメリカはイスラエルに援助するなら、その倍をパレスチナにも与えろ!」とまで書いているのです。
また『アホの壁inUSA』では「イスラエルは中東から出て行くべきだ!」と堂々と書いています。
田中氏の文章を読むと、これについて田中氏が知っていてたとは思えません。


なにしろブッシュ政権は史上最大の援助をイスラエルに対して行っています。
そのブッシュを降ろそうとするムーアは普通に考えれば反イスラエル的になるはずですが
田中氏は「ブッシュを批判しながらもブッシュのイスラエル支援を批判していない」から
ムーアが親イスラエルであると結論します。これはねじくれた論理としかいいようがありません。


田中氏はおそらくムーアの著作をちゃんと読んでいないのではないでしょうか。
なぜなら、どちらの本にもちゃんと、バカなブッシュは傀儡で、その背後のタカ派と財界が本当の悪だと書いてあるからです。
田中氏がそれを読んでいてわざとムーアが反イスラエルである事実をオミットしたとすれば、
それこそ情報操作、陰謀の類ですよ。


田中氏は、おそらく『華氏911』も見てないと思います
(彼がこの記事を書いた段階で日本では試写は行われていないし、田中氏にも6月25日以降渡米した記録はない。ネットでダウンロードして観た可能性は否定できないが、もし観ていたとしたら、映画の内容について伝聞体で書くはずがない)。
だって映画を観れば、「イスラエル援助を批判してない理由」はすぐわかるはずですから。
理由は「とりあえず関係ないから」。
これは同時多発テロイラク戦争についての映画であって、
たった二時間の映画だから、論旨を絞っているのです。


しかも、田中氏は「『華氏911』はイスラエル支援に賛同している」という理由ではなく、
「『華氏911』はイスラエル支援について何も言っていない」という理由だけで、
ムーアがイスラエル支援を擁護していると論じています。
この理論はあまりにムチャクチャです。


たとえば『華氏911』は北朝鮮問題についても言及していません。
理由は「とりえあえず関係ないから」です。
それに『華氏911』はブッシュと一緒にイラクを攻撃したブレア首相についても言及していません。
ムーアの目的はブッシュ再選阻止だから、それに集中しているからです。
ブッシュの環境問題政策やエンロンとの癒着についても触れてません。
「『華氏911』はイスラエル援助について言及してないからネオコンの味方」という田中氏の理論に従うと、
「『華氏911』は北朝鮮を批判してないから北朝鮮の味方」ということも言えるし、
「『華氏911』はブレア首相を批判してないからブレアの味方」ということも言えるし、
「『華氏911』はエンロン疑惑を追及してないからエンロンの味方」ということだって言えてしまいます。
だから田中氏の書いているのはあまりにムチャな言いがかりです。
マリみて』もイスラエル支援について何も言ってないけど、イスラエルの味方でしょうか?


そもそもネオコンと結託してイスラエルに莫大な援助をしているのはブッシュであって、
華氏911』はそのブッシュ打倒のための映画なので、
「じゃあムーアは反イスラエルで反ネオコンだ」と考えるのが普通のはずです。
田中氏が言う「ムーア=親イスラエル」には根拠がありませんが
「ムーア=反イスラエル」のほうは先の著作をはじめ山のように証拠があります。


たしかに「『華氏911』にはイスラエル支援批判がない」と感じた人も少しはいたようです。
私が参加した7月6日のマイケル・ムーアの記者会見でも
アラブ系の女性記者が、「イスラエル支援を批判していない」と抗議しました。
するとムーアは「ゲイ結婚についても言及してないよ。二時間しかないから何もかも盛り込めないよ」と言った後、はっきりとこう言ったのです。
「僕にはパレスチナの人たちの悲劇についての映画を作る計画があります」。
そのアラブの女性記者は、それをムーアの約束と受け取ったようで、満足気に微笑んで着席しました。ちょっと感動的な光景でした。


それに「華氏911」では、ネオコンのウォルフヴィッツは誰よりもヒドイ扱いを受けています。
どのくらいヒドイかは観てのお楽しみ(ゲロゲロです)。
あと、軍産複合体というか、軍需産業と石油開発企業のパーティに潜入した映像も強烈だ。
それを見てもムーアがネオコンの味方だと言うのはかなり難しいでしょう。


以上を読んでいただいた方にはおわかりだと思いますが、
つまり田中氏は、ムーアの映画や著作に直接あたらずに、ネットで拾った記事だけを元に『華氏911』をネオコンの陰謀と決めつけたと思われます。
それは自分ではレコードを聴かないで、他人のレコ評読んで、それだけを元にレコ評書くのと同じです。


しかし、「ムーアがネオコンの利益になるよう映画を作った」と書くのは、レコ評と違い、世界的な大問題です。
それを「国際ジャーナリスト」を名乗る人物が何万人もの人々に向けて配信するということは
大変な責任を伴う行為で、ちゃんとした証拠も無しに安易にやることではないと思います。


今まで「アカだ」「売国奴だ」と言われても笑っていたムーアも、敵であるはずのネオコンの手先だと書かれたら、さすがに抗議せざるを得ないのではないでしょうか?
ムーアが、彼の観客を騙していたということになるからです。


ムーアは「僕とネオコンがつながってるとする論拠を示せ」と田中氏に迫るかもしれません。
そしたら田中氏はどう答えるのでしょう?
「ネットでそういう記事を2,3本読みました。論拠はそれだけです」で許されると思っているのでしょうか?
こういう無責任な言説は世界的に批判にさらされるべきだ、と思ったら、
id:hiyori13 氏が英訳して国際的なさらしものにしてくれました。ご苦労様。
http://cruel.org/candybox/e0716moore.htm
英訳の終わりにid:hiyori13氏がつけた訳者コメントが抜群に面白いのですが、
邦訳すると言葉がキツすぎるのでみなさん頑張って読んでみてください。


陰謀論は『華氏911』の前半でムーアもやっています。
ブッシュ&サウジ陰謀論を展開しているのですが、
正直言って、この部分は論理が曖昧で説得力がなく、
華氏911』のなかでは一番つまらない部分になっています。
しかし、ムーアはいちおうプロを使って事実調査させているし、あくまで疑問として提出して、断言を避けているので、ネットで拾った2,3の短い記事を読んだだけで陰謀論を語る田中氏よりはちゃんとしていると思います。


せめて映画を論じるなら映画をまず観てから、本を論じるなら読んでから、が最低のモラルではないでしょうか?
それに自分の足で海外に取材に行って人に会ってこそ国際ジャーナリストだと思います。
ネットで読んだことを調査なしで書くだけなら、それは「ネット読み」と名乗るべきでしょう。


ちなみにムーアは「プレイボーイ」のインタビューで「イスラエルモサドにオサマ・ビンラディン狩りをやらせるべきだ」とバカげたことを言ってる。
その真意をイスラエルの記者が記者会見で質したら、
「いやあ、イスラエルアメリカから30億ドルも援助してもらってるんだから、それくらいタダでやらなきゃドロボーだ」というジョークだったよ。


さて、メタリカのドキュメンタリー「Some Kind of Monster」を観た。
メタリカってオイラと同じ年なんだよね。
つまり、41歳の春だから、元祖天才バカボンのパパだから。
デビュー当時はラースなんて美少年だったんだけど……。
映画はニュー・アルバム「セント・アンガー」の製作を追いながら、
中年の危機にぶつかったメタリカのメンバーが曲が書けずに苦しみ、
しまいには週4万ドルもするグループ・セラピーを受けるというへヴィな内容。
なんと二時間半もある大作。
詳しくは明日書きます。
メタリカとかも、実際に聴いたことのないキリスト教原理主義者どもから「悪魔の音楽だ」とかさんざん叩かれたなあ。