『ミュンヘン』の元ネタ①ブラックセプテンバー/五輪テロの真実

TomoMachi2006-01-25

もうすぐ日本でも『ミュンヘン』が公開されるが、今回はその元ネタとも言えるドキュメンタリー映画の話。
(このネタはいくつかの雑誌に売り込んだがどこも興味を示さなかった。やっと映画秘宝だけが800字だけ書かせてくれた。映画について長い文章を書かせてくれる媒体は本当になくなってしまった)


ミュンヘン』は1972年9月に起こったミュンヘン五輪村襲撃事件を当時のニュース・フッテージを織り交ぜてドキュメンタリーのように描いている。オリジナルに撮ったフィルムもわざと黄色く退色させ、エッジが甘くて粒子の粗い画面に処理され(しかも揺れ動く手持ちカメラ)、既存のフッテージと違和感なく編集され、ドキュメンタリーのシミュレーションとしては『食人族』と並ぶ本物っぽさだ。


 しかし、この部分には元ネタがある。
『ブラックセプテンバー/五輪テロの真実』という1999年アメリカ公開のドキュメンタリー映画だ。
 これは、その年のアカデミー賞最優秀ドキュメンタリーに輝いたが、なぜか日本ではWOWOWで放映されたっきりでビデオも出ていない(配給はソニーなのに!)。
 映像や編集は『ミュンヘン』の冒頭そっくりで、ピーター・ジェニングスなど共通するフッテージも多い。


 さて、このドキュメンタリー映画がすごいのは、なんと五輪襲撃の実行犯であり、今は唯一の生存者となったジャマール・アル・ガーシー(事件当時18歳)が史上初のインタビューに応じていることだ。
 人質は11人、黒い九月側は8人中5人が射殺され、釈放された3人のうち2人は既に死亡した。この映画は、アル・ガーシーの他、ドイツ側の作戦総指揮者ヴェゲナー大佐、それにイスラエルからミュンヘンに飛んだモサド長官ズヴィ・ザミール将軍が現場を回想する。
 アル・ガーシーは、黒い九月の目的はパブリシティとパレスチナ人釈放であって、人質を殺すことは目的ではなかったという(最初に抵抗したイスラエル選手二人を射殺したのは不本意だったとも言っている)。
 実際、『五輪テロの真実』を観ると、結果として大虐殺になったのはドイツ側の対応のまずさが最大の原因としか言いようがない。
 ここからが『ミュンヘン』が描いていない、重要な事実関係だ。


 ザミール将軍はその前にモサドを使って別のハイジャック事件を解決した経験を生かしてヴェゲナーにいろいろ助言するが、まるで聞き入れられない。ドイツ政府はオリンピックを継続したいあまり、解決を急いだからだ。
 まずヴェゲナーは選手村の屋根からロープで窓に降下して警官隊を突入させようとするが、彼らが屋根で準備するのを世界中のテレビカメラが中継していたので、突入寸前に作戦中止(そんなもん最初から気づけよ)。
 次にヴェゲナーはゲリラが要求した逃走用旅客機を囮として飛行場に待機させ、そこでゲリラたちを狙撃しようと考えた。


 この場合、通常の方法は、ゲリラ側よりも多い人数の狙撃手がそれぞれの標的を捉えたことを無線で確認した時点で一斉に撃ち、一瞬でゲリラたちを制圧、同時に人質救出班を突入させることだ。しかし、ヴェゲナーの作戦はまったくデタラメだった。


 まず狙撃手は合計10人用意された。それはいい。
 そのうち5人が旅客機内で犯人を待ち伏せしていたが、ヴェゲナーは直前に「危険だから」という理由で彼らを下ろしてしまった。


 残りの5人の狙撃手は、飛行場の管制塔に3人、滑走路に2人、狙撃用ライフルを構えて待機した。
 しかし、犯人は8人であり、もし、最初の一瞬で狙撃手全員が5つの標的をヒットしたとしても、残った3人のゲリラが次の一瞬に人質を殺してしまう可能性が高かった。


 それだけじゃない。狙撃手5人は無線もつけてなかった。機内の5人が退避したことも知らず、無線による一斉射撃の指示も受けられない状態だった。
 

 ゲリラたちは人質と一緒にヘリコプターで空港に着いた。ゲリラ4人が逃走用ボーイングに入ったが、パイロットが乗ってないことを知って驚いた。
 その時、ヘリの近くにいた4人のゲリラに向けて「なんとなく」銃撃が始まった。
 

 最初の射撃で射殺されたのは二人だけだった。 
 すぐにゲリラはサーチライトを撃って飛行場を真っ暗にした。
 ザミール将軍は管制塔の屋上で3人の狙撃手の隣にいたが、
「彼らは引き金も引いてなかった。『暗くて見えません!』と叫んでいた。お粗末過ぎる」


 おまけに、狙撃手は防弾チョッキもヘルメットもない裸同然の姿だった。滑走路に隠れていた2人の狙撃手はあっという間にゲリラ側に顔を撃たれて動かなくなった。


 最悪だったのは、ヴェゲナーは、狙撃手5人を用意しただけで、人質救出のための突入隊を容易していなかったことだ。実際に近くの陸軍基地から救出用の装甲車がたどりついたのは銃撃が始まってから一時間近く後だった。


 入ってきた装甲車を見て慌てたゲリラたちはヘリの座席に縛られた人質を全員殺した。
 銃撃戦が終わり、生き残りのゲリラ3人が逮捕された。一人は撃たれて重傷だった。残りの二人は銃撃戦に参加せず、無傷なのに倒れて死んだフリをしていた。
 

 この失敗を教訓にして、ヴェゲナーは、対テロ部隊GSG−9を結成した。
 しかし、ドイツの「罪」はそれだけじゃない。

 
 事件の7ヵ月後、独ルフトハンザ機がハイジャックされ、ドイツ政府は乗客と引き換えに犯人三人は釈放された。
 ところがこの飛行機の「乗客」はドイツ政府の関係者数人しか乗っていなかった。
 このハイジャックは、これ以上パレスチナ問題に巻き込まれたくないドイツ政府が犯人を引き渡すために仕組んだ大芝居だったのだ。


 釈放された犯人三人のうち一人は病死、一人はパレスチナ人同士の仲間割れで殺された。


 この『ブラック・セプテンバー』でひとつ許せないのは、テロで殺された選手団の無残な死体の写真を見せていくシーンで、ディープ・パープルの「チャイルド・イン・タイム」のイアン・ギランのア〜アという絶叫をかぶせていること。
 たしかに「あ〜あ、やっちゃった」という感じだけど、不謹慎にもほどがあるよ!


ミュンヘン』では部屋に押し入ってきたテロリストに対して二人のイスラエル選手が素手で立ち向かい、敵の脳天にナイフを突き刺し、銃弾を食らっても戦い続ける。一人は元アマレス選手のレフェリーで、一人は重量挙げの選手。二人ともバカでかい体をしているのだが、いくらなんでも超人じゃあるまいし、と思うが、逮捕された犯人からの聴取によると、それは全部事実どおりということだ。
 かの山口組の竹中組長が暗殺された時の話を思い出した。彼は愛人宅のエレベーターで潜んでいた刺客に襲撃された。竹中組長の並外れた強さを恐れた刺客は万全を期して357マグナム銃を使ったが、至近距離で数発食らっても竹中組長は素手で刺客を蹴散らし、自分で車に乗って、さらに刺客を跳ね飛ばして逃げた。レスラーみたいな男はゾンビと同じで頭を粉砕しないと即死させられないのだ(もちろんすぐに医者にいかないと力道山みたいに死んでしまう)。
 ちなみに『ミュンヘン』でそのレフェリー、ワインバーグを演じるのは彼の実の息子グリだ。父が殺された時、彼は生後一ヶ月だった。


追記:
この映画は日本でもDVDが発売されるそうです。
『ブラック・セプテンバー/ミュンヘン・テロ事件の真実』
発売:アスミック、販売:角川エンタテインメント
提供:ギャガ・コミュニケーションズ \3,990(税込)