メル・ギブソンがマイケル・ムーアと決別していた。
お互い熱心なカソリックで、
ローマ法王がブッシュの戦争を否定したことで結びついていたはずだが。
原因はメルギブの父親だろう。
メルギブの父は、ローマン・カソリックが60年代に改革された時、
それに反発した原理主義カソリックの一派に属する。
この一派は、現ローマ法王がホロコーストやアメリカ原住民の虐殺に対するカソリック教会の責任を認め、謝罪したことにも不満で、
メルギブの親父はラジオでローマ法王を「ユダヤの足舐め野郎め」と呼んだ。
『パッション』の反ユダヤ描写はキリスト教研究家からも激しく批判されている。
『パッション』では、キリストを殺したがったのはユダヤ教徒たちで、当時イスラエルを支配していたローマの総督ピラトーはキリストに同情的な優しい男で、ユダヤ人からの圧力で嫌々キリストを処刑すると描かれている。
これは新約聖書の描写に忠実だが、
しかし『誰がキリストを殺したか?』の著者ジョン・ドミニク・クロッサンは、これは歴史的事実ではない、と断言する。
カソリック神父ジョン・ドミニク・クロッサンは徹底的な調査で、キリスト処刑の実態をつきとめようとした。
キリストに関する当時の歴史的記録は皆無だが、当時イスラエルを支配していたローマの総督ピラトの記録はかなり残っていた。
当時の記録によれば、ピラトは残虐な男で、現地のユダヤ人を片っ端から処刑しまくっていた。だから刑場には髑髏の山、ゴルゴダが築かれたわけだ。
だから新約聖書におけるローマ擁護、ユダヤ批判的記述は事実を歪曲しているとクロッサンは言う。
しかし、メルギブはこの批判を「どんな記録も聖書より正しいわけがない」と突っぱねている。
メルギブは公開前に『パッション』を宗教関係者にテスト試写したが、その時、あるセリフが問題視された。
ユダヤ人が「キリスト殺害の罪は(ローマ人ではなく)ユダヤ人の血が負う」と言うセリフである。新約聖書に書かれたこの言葉が後のユダヤ弾圧の口実に使われたからだ。
高まる批判を見て、メルギブは公開直前に、このセリフの英語字幕を削除した(セリフ自体は残った)。
この言葉はたしかに新約聖書に書かれているが、その歴史的真実性はゼロに近い(ましてや一人のユダヤ人が二千年前にそんなことを言ったとしても、後のユダヤ人がそれで差別される謂れはない)。
そもそも、この言葉はローマの罪をユダヤに押し付けるために造られたものであるという説もあるのだ。
宗教改革の頃からずっと、ローマン・カソリック欽定の新約聖書のテキスト(ギリシャ語)は、どの程度、事実ないし原典に忠実なのか、キリスト教徒からも常に問われてきたのだ。
ローマ帝国内で書かれたそのテキストがローマ側の歴史改竄だという説も当然ある。
母国オランダでカソリックと政治的闘争を続けている映画監督ポール・バーホーベンは、新約聖書はローマン・カソリックが自らの罪をユダヤに押し付けるために捻じ曲げたものだと主張し、何年も前から、その説を映画化しようとしている。
『パッション』の大ヒットで、南部や中西部の教会では実際に反ユダヤ的説教が行われている。インターネットでも反ユダヤ・サイトがいくつか立ち上がり、映画関係のBBSではユダヤへの憎しみを撒き散らす書き込みが増えている。
当たり前だ。
『パッション』に登場するユダヤ人はキリストの眷属を除いてすべて醜い悪魔のような顔をしている。ボッシュが描いた『十字架を背負うキリスト』がヒントになっているのだろう。スコセッシもボッシュの絵にインスパイアされて『最後の誘惑』ではハーベイ・カイテル、ジョン・ルーリーなどヤクザ顔の俳優ばかり集めたが、みんな使徒の役だったし、いちばんの悪魔顔のウィリアム・デフォーをキリストにしたので問題はなかった。
ところが、『パッション』でキリストをなじるユダヤ人はもうぐちゃぐちゃのメイクで、『指輪物語』のオークにしか見えない。これじゃ、バカや子供が見れば「ユダヤ人って人間じゃないんだね」と思ってしまう。
それにユダヤ人の服も顔も髪も歯もドロドロに汚れてて、なんかホームレスみたいなの。はっきり言って土人か、『スター・ウォーズ』のタスケンレイダーズだよ、これじゃ。イスラエルは当時の文明国なのに。あと、歯が乱食いだったり、片目だったり、身体的な欠陥でユダヤ系の邪悪さを強調してるのも、いろんな意味で差別的。
それに、他のユダヤ人は中東顔ないしラテン顔なのに、同じユダヤ人であるキリストの一族だけが白人顔なんだよね。
まるで古事記をハリウッドが日本ロケで映画化したら天皇だけトム・クルーズだったみたいな感じだよ。
ということで『パッション』に感化されたバカどもの反ユダヤ熱が高まるなか、アメリカでユダヤ系の人々が恐れているのは、4月9日の「聖金曜日」だ。
キリストが十字架に架けられたとされるこの日、ヨーロッパでポグロム(ユダヤ弾圧)が始まったからだ。