ステップフォード・ワイフ

TomoMachi2004-08-23

『ステップフォード・ワイフ』(邦題)を観た。


これは1974年の同名映画『ステップフォードの妻たち』のリメイク。
原作は『ローズマリーの赤ちゃん』のアイラ・レヴィン


レヴィンはTIME誌かLIFE誌を読んでいて、妊娠中に鎮痛薬サリドマイドを飲んだ母親から障害児が生まれているという記事を見て『ローズマリーの赤ちゃん』を書いた。
ローズマリーの赤ちゃん』は、
「知らないうちに自分のお腹の子供を変えられてしまっている」という妊婦の恐怖を、
「夫が自分の出世のために悪魔(文字通りのサタン)に自分の赤ん坊を売り渡した」と妄想する妊婦ローズマリーの話として描いた物語で、「妊娠中の方は絶対に読まないでください!」という惹句(要するに読めってことだ)も上手くて、ベストセラーになった。


レヴィンは次に妻ものホラー第二弾『ステップフォードの妻たち』を書いた。
郊外の高級住宅地ステップフォードに引っ越してきた妻(キャサリン・ロス)は、そこに住む妻たちが「完璧な妻」ばかりなのに驚く。
いつも化粧は完璧、仕草はセクシー、服装はフェミニンなワンピース、笑顔を絶やさず、炊事洗濯をテキパキこなし、夫には決して逆らわず、余計なことは一切しゃべらず、夜はあらゆるテクニックで夫を喜ばせる究極の娼婦になる。
まるでロボットみたいだ!
と思ったら実はステップフォードの妻たちは全員ロボットに入れ替えられていました、という話である。
(念のために言っておくと、今回のリメイクでは妻たちがロボットであることを映画が始まってすぐにバラしてしまう。妻の一人が故障してくるくる回りだすのだ)。


74年に作られた『ステップフォードの妻たち』は、60年代のカウンターカルチャーで、女性が男性と同じように、化粧もせず、ジーパンをはき、自己の主張をするようになったことに恐怖した夫たちが裏で結託している、というパラノイアが生んだ寓話だ。
50年代まで、アメリカではピューリタニズムのせいで女性は性欲を持っているはずがないという建前が続いていた。女性がセックスするのは夫への奉仕と子供を生むためだと本気で信じられていたのだ。
ところが、男女同権思想と、ピルと人工中絶、それにフリー・セックス運動によって女性はセックスに対して自主的な存在になっていった。これにも夫は恐怖した。つまり女性を満足させる「義務」があるなんて、アメリカの夫は考えたこともなかったのだ(60年代までアメリカではクンニリングスはおろか前戯すらしない夫が圧倒的だった)。
「女が男みたいになってきた。恐い。ならロボットにしてしまえ」というわけだ。


これは一方では女性にとっての恐怖でもある。70年代は学生運動やカウンター・カルチャーが挫折し、それまで反戦運動やフリー・セックスに身を投じていたヒッピーたちも、髪を切って就職し始めていた。女性はあれだけ男女同権を訴えてはいたのに、やはり結婚して家庭に押し込められる。姑やご近所の手前、昔ながらのよい妻を演じなければならない。炊事洗濯を一方的に押し付けられ、子供が出来ると社会に出て働くことは難しく、いつしか家庭に閉じ込められ、人付き合いといえば近所の主婦だけだ。そして、かつて自由な思想を持っていた女性は、昔ながらの保守的な主婦へと精神的にロボトミーされてしまう。


ステップフォードの妻たち』もベストセラーになり、「ステップフォードの妻たちのような」という慣用句としても定着した。


映画はあまりヒットしなかったが、主演の妻をキャサリン・ロスが演じているのは象徴的だ。
キャサリン・ロスは『卒業』で両親に押し付けられた立派な花婿を捨てて、将来も何も見えない無職の若者ダスティン・ホフマンの手を取って教会から逃げ出した「反逆の花嫁」だったのだ。『明日に向かって撃て』ではブッチ・キャシディサンダンス・キッドという銀行強盗とトライアングル・ラブをする女教師というリベラルのプリンセスだったのだ。それが、やっぱり最後には社会に屈服し、夫の奴隷になる。


最後にロボットになったキャサリン・ロスは豊満な乳房を見せる。この乳房は特殊メイクによるニセモノだ。ウーマン・リブの時代、オッパイの大きさを気にすることは女性をセックスの道具としてしか見ない差別的慣習だと非難された。しかし、その後、女性はこれまで以上に自分の容姿を重視し、整形や豊胸人口はどんどん拡大していった。これは女性革命における敗北である。


今回のリメイクでは前作のようなカウンター・カルチャーの敗北という時事的テーマが使えない。
では、何をポイントにしているのか?


主演のニコル・キッドマンはテレビ業界で働くバリバリのワーキング・ママで、夫のマシュー・ブロデリックはいつも気後れを感じている。
しかしキッドマンはがんばりすぎたせいである事件を起こして解雇される。夫は彼女を連れてステップフォードに引っ越す。
先にも書いたように、このリメイクはステップフォードの妻たちがロボットであることを早々にバラしてしまうので、サスペンスやホラーは成立しない。その代わりブラックジョーク満載のコメディになっている。


キッドマンは物心ついてから黒しか着ない筋金入りのGOTH女なのだが、金髪で花柄のワンピースばかり着ているステップフォードの妻の中に溶け込めない。
しかし、キッドマン以外にも引っ越してきたばかりの「妻」は他に二人いて、
一人はガハハハハと豪快に笑うユダヤ系のおばさん(ベット・ミドラー)。彼女はフェミニスト的な作家で、家事は一切しない。
一人はゲイ夫婦の妻、つまり男。好きな俳優はヒュー・ジャックマンヴィゴ・モーテンセンオーランド・ブルーム
しかし、ある日突然、ユダヤ系のおばさんはなぜかキリスト教を信じる良妻賢母となり、
ゲイの妻は急にスーツにネクタイを締めて共和党上院議員に立候補する。
二人ともステップフォードの妻たちになったのだ。


この町の妻たちはかつてはバリバリの女性経営者としてビジネス界で活躍していた。
そして夫たちはマイクロソフトやディズニー、AOLワーナーの社員である。


これはどういうことか?
企業社会アメリカに進出し、成功する女性たちを男たちは実は嫌がっている。
また、フェミニストやゲイでも金を持つことによって、保守化し、共和党員になる。
ステップフォードの妻たちは乳を巨大化させ、決して年を取らない。
これは金持ちの妻たちが整形やエステで実際にやっていることだ。


しかし、このリメイクはロボットというオチを最初からバラしているので結末に驚きがなく、テスト試写では不評だった。
そのため、急遽、追加のエンディングが撮影された。ところがこのオチは無理やり後からつけたために前半の設定と決定的に矛盾してしまうので、うまく機能していない。


でも、セリフは最近のハリウッド映画のなかでは最もよくできている。客席はずっと大爆笑だった。
いちばん笑ったのは、ステップフォードの夫の一人が「AOLの社員だ」と言ったとき、
キッドマンが言うセリフ。
「だからあんたの奥さんはあんなにノロくさいのね!」