放送の公平原則がなくなるとどうなるか?

TomoMachi2004-07-25

自民党は秋の国会で、放送法の第3条2項「政治的に公平であること」を削除する法案を出そうとしている。
 自民党は今年初め、CSにチャンネルを開設しようとしたが、この条項のためにできなかったからだ。


アメリカでは既に87年にアメリカで連邦通信委員会の規則から公正原則(フェアネスドクトリン)が削除されている。


自民党は当然、それを知っているわけだが、これがアメリカでどういう結果を呼んだかは、ケーブルTV局FOXニューズ・チャンネルを観ればよくわかる。


FOXニューズを所有するニューズ・コープはオーストラリアとイギリスのメディアを独占支配するコングロマリットで、総帥はルパート・マードックという男である。
『007トゥモロー・ネバー・ダイ』の悪役は衛星テレビで中国進出を狙うメディア王だったが、あれはマードックがモデル。現実にはジェームズ・ボンドはいないので、マードックはアジア征服にも成功し、数字の上では、世界の人口の4分の3にニューズ・コープの番組が届いている計算になるそうだ。


24時間ニュース専門ケーブルTV局FOXニューズは96年に発足した。
売り文句は「Fair and Balanced(公正で公平)」。
日本でもよく言われるようにアメリカでも「メディアは政府や官僚、大企業に厳しすぎる。それに反戦的でエコロジストすぎる。左翼リベラルに偏向している」と言われていたので、うちは違います、というわけだ。
つまり「政府や官僚、大企業に甘く、好戦的で、反エコロジー」ということだ。


それだけじゃない。
実はFOXニューズのCEO、ロジャー・アイルズはレーガンと父ブッシュのメディア参謀で、メディアによる大衆操作の専門家、「共和党ゲッベルス」と呼ばれる男なのだ。


FOXニューズは2000年の大統領選挙ではブッシュ大統領の遊説ばかり放送した。
FOXの選挙報道のチーフ、ジョン・エリスはブッシュの従兄弟で、ブッシュ担当のレポーター、カール・キャメロンの妻はブッシュの選対の職員だった。
そして2003年3月のイラク戦争報道では戦争の問題点を一切指摘せずに、ひたすらアメリカ軍を賛美し続けてアメリカ人を喜ばせ、一日400万人の視聴者を集めて老舗のCNN(370万人)に圧勝した。


FOXがどれほど情報を捻じ曲げているか、03年10月の調査の結果を見て欲しい。
FOXニューズの視聴者で「イラク大量破壊兵器が発見された」と信じる人は他のニュースを観ている人に比べて3倍もいる。「イラクアルカイダと手を組んでいた」と信じる人は4倍だった。アメリカ人の大半を占める「新聞を読まない人々」をFOXは間違った方向に誘導していたのだ。


7月中旬、『アウトフォックスト』という映画が公開された。
Outfoxedとは「だまされて」という意味で、これはフォックスを退職した社員たちの内部告発を元にFOXがいかに視聴者をだましていたかを暴露するドキュメンタリーだ。


FOXのレポーターやキャスター、報道スタッフたちには毎朝、CEOのロジャーからその日の「命令」がメールで送られる。
この「アウトフォックスト」はその会長命令を次々と暴露してしまう。


たとえばイラク戦争時の会長命令には「犠牲者の数を強調して安易に嘆いたりするな。なぜ、アメリカはこんなところで戦争しているのか?という疑問は提示するな」と書いてあった。
今年5月6日、イラク捕虜の虐待が発覚した直後の会長メールには「米兵が拉致されたビデオもある。どっちが重要か?」と、捕虜虐待事件の矮小化を促す「情報操作指令」が書かれていた。
911テロの遺族たちがテロを防げなかったのはブッシュ政権の責任であると疑惑を持ち、独立調査委員会が動き始めると、会長メールはこれを大きなニュースにしないよう戒め「第二のウォーターゲート事件にするな」と書いてあった。
また、ジョン・ケリー民主党の大統領候補になるとFOXのキャスターたちはそろってケリーの名前に「主張をコロコロ変えるFlip-flopつまり風見鶏だと言われている」という枕詞をつけ始めた。「言われている」って誰が言っているのか? そう、実は3月16日の会長通達がそう言っていたのだ。


共和党偏向だ」という批判も当然あって、マードック公聴会にも呼ばれているが「いや、反共和党のゲストも出している」と弁明している。
ところが、ゲストの割合は共和党支持者5に対して民主党支持者1でしかない。
その扱いもひどい。


同時多発テロで父を失った高校生ジェレミー・グリックが生放送のゲストに呼ばれた時は、ジェレミーが「今回のテロはソ連に対抗するためにイスラム過激派に軍事援助を行ってきたレーガンや父ブッシュに責任がある」と言い始めた。
すると、FOXのメイン・キャスターのビル・オライリーは「黙れ! 黙れ!」と絶叫してジェレミーの発言を妨害し、しまいには警備員を呼んでジェレミーをスタジオの外に放り出してしまった。
「Shut Up(黙れ)!」はオライリーの口癖で、イラク開戦時には視聴者に向かってこう言った。
「いったん戦争が始まったら、反対していても黙れ。ごちゃごちゃ言う奴は非国民だ」
これってジャーナリスト自ら「言論の自由」を踏みにじってるんじゃないの?


オライリーはゴリゴリの共和党員だが、『アウトフォックスト』で告発する元FOXのキャスターたちは別に共和党支持者でもなんでもない(ただ民主党員は採用されない)。逆らうとクビにされるので言いなりになっていただけだ。
FBIのテロ対策専門家はFOXに解説者として雇われていたが、イラク開戦時に「イラク911テロに関与してないのに攻撃するなんて理解できない」と言ってしまい、即刻クビになった。
笑ったのはレーガン元大統領の誕生日を取材させられた元レポーターの告白だ。
レーガン図書館に行ったら誕生日を祝ってる人なんて誰もいないんだ。だからそこらの子供を集めて『ハッピー・バースデー』を歌わせて、『お誕生日おめでとう』とか言わせて、さも大勢の人がパーティをしているようなニュースをデッチあげた」
 彼はさすがに罪悪感に苛まれて、それがFOXを辞める原因になった。


『アウトフォックスト』は9ドルという儲けの出ない価格でDVDを通販している。現在約一万本売れているそうだが、悲しいことに毎日400万人が見ているFOXには太刀打ちできない。


FOXの偏向報道の成功で、軍需産業GE(ジェネラル・エレクトリックス)も傘下のNBCとニュース専門局MSNBCに右寄りのバイアスをかけ始めた。
FOXやNBCに限らず、どのTVもラジオもコングロマリットの傘下にあり巨大企業のスポンサーを受けているので、決して企業批判や環境汚染、体制批判はしないが、「公平原則」はもう削除されているので、その偏向を是正する方法はないし、現場のスタッフも上部の偏向命令に逆らう理由がない。
日本だって、たとえばナベツネ先生の持ってるテレビ局なんかは、公平原則がなければどういう報道するか想像すると恐ろしいぞ。
自民党が「公平原則」を削除したがるのも納得だね!