エルトン・ジョンの「僕を救ったプリマドンナ」は誤訳

本日発売の週刊アスキー町山智浩の連載「本当はこんな歌」では、エルトン・ジョンの「僕を救ったプリマドンナ」について書いています。
この邦題は誤訳で、実際は、「君というプリマドンナ気取りの女と無理やり結婚させられそうになっていたゲイの僕を止めてくれたシュガーベアというあだ名のゲイのヒゲクマさん」について歌っていたのでした。


 2010年、テキサスに住むリンダ・ハノン(66歳)という女性が「エルトン・ジョンの元婚約者」としてマスコミに登場した。彼女はエルトンの75年のヒット・バラード「僕を救ったプリマドンナ」のプリマドンナだというのだ。
 この報道をきっかけにいろいろ調べたら、この歌の邦題は完全な間違いだとわかった。
 話は1967年に遡る。17歳の少年バーニー・トウピンは音楽雑誌NMEに載っていた「作詞家募集」の広告に応募して、新人歌手エルトン・ジョン(当時20歳)と出会った。二人は意気投合し、一緒に暮らしながら、歌作りを始めた。名曲『僕の歌は君の歌』(70年)は二人の関係を歌っている。

 僕の贈り物はこの歌 君のために書いたんだ
 君は自分の歌だってみんなに言っていいよ
 単純な詩かもしれないけど 今、書いたんだ
 気にいってくれるといいな 僕の詩を
 なんて素晴らしいんだろう 君がこの世にいるって

 この歌のせいで、世間は二人が同性愛だと噂した。エルトンはそうだったが、バーニーは違った。エルトンはこの片思いに苦しんだ。70年代はまだ、ゲイだと世間に知られることは社会的な自殺を意味した。エルトンは、自分は異性愛者にならなければ、と思い込んだ。
 1970年頃、まだ音楽では食えなかったエルトンとバーニーは、ロンドンのイーストエンドのアパートの部屋を、リンダ・ウッドロウ(ハノンの旧姓)とシェアしていた。秘書として働くリンダはエルトンより三歳年上で、彼の童貞を奪い、結婚を求めた。エルトンは彼女を愛していなかったが、世間体のためには女性と結婚しなければ、と考えて婚約した。だが自ら死刑台に向かう気分だった。辛かった。彼は衝動的にオーブンに頭を突っ込んでガス自殺を図ろうとしてバーニーに止められた。


 ある晩、エルトンとバーニーは友人のブルース・マン、ロング・ジョン・ボルドリーと一緒にパブでビールをしこたま飲んだ。
「僕、結婚するんだ」
 とヤケクソで言うエルトンにロング・ジョンは尋ねた。
「君が本当に愛しているのはバーニーだろう?」
 ロング・ジョンは髭面のため「シュガー・ベア」というニックネームを持つブルースマン
 彼はゲイであり、それを公言していた。
「自分を偽って女性と結婚するな。君は音楽家としてもダメになる」
 そして、夜中過ぎにアパートに戻ったエルトンは、階下のカーテンの向こうで眠っている婚約者リンダに向かってこう語りかけた。

イーストエンドの灯りを思う 蒸し暑い夜
階下の小部屋のカーテンは閉じていた
プリマドンナ、君はそこにいるんだろ
お姫様みたいに電気椅子に座って
ビールをもう一杯飲めば
君の声なんか聴こえない
僕らはどうかしていたんだ


友達は地下室の床を転がっている


今夜、ある人が僕の人生を救ってくれたんだ
シュガーベアが


君は僕をにフックで引きずり
ロープをかけて縛り上げた
そして結婚
僕は君の催眠術にかかっていた


ところが僕の耳に、素敵な自由がささやいたんだ
「君は蝶々なんだ
 蝶々は自由に飛ぶ
 飛び立つんだ 空高く バイバイ」


今夜の通り雨は気がつかなかった
夢の中で首つりのロープがぶら下がっていた
君が言う忌まわしい世間体のために絞首刑寸前だった
僕は支配的な女王さまに操られるチェスの駒だった
もう朝の4時だ
くそっ!


いいか、僕の話をよく聞けよ
今夜、僕は君と寝ないからな
一人で寝るからな


ぎりぎりで救われた
神よ、感謝します 僕の音楽はまだ無事だ
川の深みにはまって溺死するところだった
君の株と債券にしがみついて
君のために永遠にローンを払い続けて
でも、朝になったらトラックが僕を実家に家に連れ帰ってて行ってくれるんだ
ある人が僕の人生を救ってくれたから
だから、君はこれからも強いまま、勝手にやればいいさ


(歌詞の途中に出てくる地下室の床を転がっている友人とは、おそらく泥酔したバーニー)


 かくして朝四時半に迎えに来たトラックに荷物を積み込んでエルトンはアパートを出た。
 つまり、この歌は「プリマドンナ(主役気取りの女)から僕を救ったシュガーベア」という意味なのだ題名が正しいのだ。
 エルトンはその後も悩み続け、んで84年に女性と偽装結婚したこともあったが、88年の離婚時にゲイをカミングアウトし、2005年に男性と「結婚」し、幸福に暮らしている。
 リンダは35年後目の取材で「あの歌詞を書いたのはバーニーでしょ。あいつ、私を嫌ってたのよ!」と怒っている。
この人が↓シュガーベア