wowowトラウマ映画館『質屋』の台詞の解説です
夜11時半からWOWOWで「町山智浩のトラウマ映画館」が放送中です。
拙著「トラウマ映画館」で取り上げた映画から、日本でDVDが出ていない、今後も出ない可能性が高い、貴重な映画4本を放送します。
http://www.wowow.co.jp/movie/trauma/
3日目の今晩は、先日亡くなった巨匠シドニー・ルメット監督の『質屋』をお送りします。
これはユダヤ系を中心にしたアメリカ映画界が初めてホロコーストを描いた歴史的傑作です。
解説は町山智浩と、相棒の柳下毅一郎くんです。
ユダヤ系の歴史を語る会話が理解されるかどうか心配なので、最も重要な会話の意味を以下に掲載します。
もし字幕で意味がわからなかったら参考にしてください。
ハーレムで質屋を営むソルに、弟子のヘスースはこう質問する。
「どうして、You People(あなたたち、この場合はユダヤ系)は金儲けが上手なんですか?」
「……よかろう……成功の秘密を教えてやる!」ソルは堰を切ったように話し出す。
「まず、数千年が必要だ。その間、古臭い伝説以外に何も頼れるものはない。
自分の祖国も土地も持てない。だから農業も狩りもできない。何もない。
同じ土地に長く住むことも許されないし、自分たちを守る軍隊もない。
あるのは自分の脳みそだけだ。その脳みそと古代の伝説が、
自分は選ばれた民だと励ましてくれる。たとえ貧しくてもな」
紀元70年頃、イスラエルはローマ帝国に反乱したが鎮圧され、ユダヤ人は国を滅ぼされ、世界中に離散した。
各国に難民として流入した彼らは、農業を始め、多くの職業から排除された。弾圧された二千年間、彼らを支えたのは「神に選ばれた民」という誇りだけだった。
「そしてユダヤ人は商売を思いついた。
布を安く買って二つに切って元値より高く売る。
そんな小さな商売を延々と繰り返した。節約して金を貯めた。
何世紀もだ。
私たちは耕す土地を持つことをあきらめた。
そして商売人と呼ばれ、金貸しと呼ばれ、魔女と呼ばれ、質屋と呼ばれ、Sheenyie、kike(共にユダヤ系への蔑称)と呼ばれたんだ!」
ユダヤ人の最初の商売は古着の買い取りと再販だった。マンハッタンには今でもユダヤ系の被服街がある。
その次は、服を預かって、代わりに金を貸す、という商売、質屋に発展した。
旧約聖書で神は同胞に金を貸して利子を取ることを禁じていた。ユダヤ教から派生したキリスト教もイスラム教も同じように、同胞に金を貸して利子を稼ぐのをはタブーとした。ただし、異教徒相手なら話は別だ。
ヨーロッパのキリスト教圏で、ユダヤ系はに農業など普通の仕事に就くことを禁じられたので、キリスト教徒に金を貸す仕事を始めた。同じようにして質屋も始まった。担保として貴金属類を扱うため、ユダヤ系はゴールド、シルバー、ダイヤモンド、クリスタルなどの苗字を持つようになった。
マンハッタンの被服街の隣には宝石店が並んでいる。
黒人の老人が科学や芸術の話をしに来たがソルは冷たく追い返してこうつぶやく。
「なんて生き物だ」
「どうして“生き物”なんて呼ぶんですか?」アフリカ系のプエルトリコ人であるヘスースが珍しく食ってかかった。
「あのじいさんが黒人だからですか?」
「私は人種差別はしない」ソルは苦笑した。「どんな人間も平等にクソだ」
ヘスースは反論する。
「違います! どんな人間も神の子です!」
ヘスースとはJesusジーザス、つまり神の子イエス・キリストのスペイン語読みだ。
「ほう、お前は神なんか信じているのか?」ソルは驚いてみせる。
「私は神を信じない。芸術も科学も政治も哲学も信じない!」
ユダヤ人はユダヤの神を信じたせいで二千年も迫害された。
ソルは実は戦前、大学教授だった。しかし学問では家族を守れなかった。
政治も芸術も哲学も、ホロコーストを止めてくれなかった。
「では、先生は何も信じないのですか?」
「金だけだ」