町山、「カンパニー・メン」のパンフ書きました

9月23日(金)から日本公開される映画「カンパニー・メン」の劇場用パンフレットに原稿書きました。
アメリカの企業の目的の変化、ベン・アフレックという俳優の紆余曲折、そしてケヴィン・コスナーの役が象徴するものについてです。

「このCompany man(会社人間)め!」
 映画『摩天楼を夢見て』(92年)で、アル・パシーノ演じる不動産のセールスマンが官僚的な支店長(ケヴィン・スペイシー)をそう言って詰る。「会社人間」という罵倒はアメリカにもあるんだなあ。
 そのものズバリ、『カンパニー・メン』(10年)という映画が公開された。これは明らかに『摩天楼を夢見て』を意識して作られたはずだ。なぜなら、『摩天楼を夢見て』の原作であるデヴィッド・マメットの戯曲の表紙は、青空高く張られたロープの上を綱渡りするスーツ姿のビジネスマンだが、『カンパニー・メン』のポスターはほとんど同じなのだ。違うのは、ロープがもう一本増えて女性社員も綱渡りしているのと、主演俳優のベン・アフレックトミー・リー・ジョーンズは既に下に転落して、ロープを見上げているという点。要するに、アメリカそのものも綱渡りから落ちてしまったのだ。
『摩天楼を夢見て』は、レーガン自由主義経済政策で不動産や証券がバブルになった80年代に書かれた。シカゴの不動産会社の支店に本社から若いエグゼクティヴ(アレック・ボールドウィン)がやって来て、業績の悪い3人のセールスマン(40代、50代、60代)に「これから競争しろ。いちばん成績の悪かった一人をクビにする」と告げる。
『カンパニー・メン』は08年秋のリーマン・ショックによる金融崩壊で始まる。ボストンの船舶会社で働く、やはり3世代の社員が主人公。
 60代のトミー・リー・ジョーンズは社長と一緒に造船業を始めた創業メンバー。50代のクリス・クーパーは大卒ではないが、エンジニアから叩き上げた職人肌。そして、もうすぐ40歳のベン・アフレックはセールスの管理職で自称コーポレイト・ウォリア(企業戦士)。商用で全米を飛び回り、カシミアのコートを着て、ポルシェに乗り、ゴルフの会員になり、郊外に7千万円くらいの一戸建ても買った。年収はまだ1200万円だからローンはキツいけど、このまま出世すれば年収も上がるはずだ。
 ところが、金融崩壊で3人ともリストラされてしまう。アフレックは転職先を探すけど、面接で年収650万円と聞いてプライドが傷つき、断ってしまう。そもそも、それじゃローンが払えない。ご近所や子どもにはクビにされた事実を打ち明けられない。そのうちにポルシェを売り、ゴルフクラブを売り、結局、家は差し押さえられて、女房子供を連れて両親の実家に出戻り。いちど上がってしまった生活レベルのダウンサイズは彼を打ちのめす。
 アフレック自身も転落を経験した。彼は90年代、ハリウッドの大スターだった。『アルマゲドン』『パール・ハーバー』などのバカ超大作に出て1本10億円ものギャラを稼いだ。グィネス・パルトロウやジェニファー・ロペスなど美女と次々に浮名を流すモテモテ男でもあった。だが、ジェニロペといちゃつきながら撮った映画『ジーリ』(03年)が最低につまらない映画として大コケ。これをきっかけにアフレック・バブルが崩壊、ハリウッドから完全に干されてしまったのだ。
 50代のクリス・クーパーは転職先を見つけられないが、娘は一流大学に合格してしまった。アメリカの大学の学費は世界一高い。今までの給料は家のローンと401K(株式で運営する確定拠出年金)に入れてきたが、金融崩壊で家と株の価値は暴落した。息詰まった彼は死を選ぶ。
 大規模なリストラに反対するトミー・リー・ジョーンズは親友である社長に諌言する。「会社は社員のためにあるんじゃないのか? 株主のため、利益を出すために、社員を切るなんて本末転倒だ」
 80年代以降のアメリカ企業は、成長率を上げて投資を集め、株価が上がることで得る利益のほうを、実際に商品を売って得る利益よりも重要視してきた。「アメリカのものづくりは終わったんだよ」
 社長はそう言って、製造部門を人件費の安い中国やインドに移し、社員をリストラしながら、会社の純利を上げ、自分のボーナスを値上げし、新社屋を建てる。会社人間を会社は救わない。
 アフレックは日銭を稼ぐため、妻の兄(ケヴィン・コスナー)の工務店を手伝う。自給は安いが、汗水たらして実体のある家を作る大工仕事は彼に充実感を与えた。アフレック自身、俳優として落ちぶれた後、低予算映画の監督として再起し、地道にいい映画を作ることで自分を再建している。
『カンパニー・メン』が全米公開された2011年1月、オバマ大統領は一般教書演説で「クリーン・エネルギー・テクノロジーによってアメリカを再建しよう」と呼び掛けた。映画のトミー・リーは、アフレックを連れて会社を建ち上げた頃の造船所を訪れる。今は真っ赤に錆びた廃墟だが、ここがアメリカの出発点だったのだ。ここからもういちど、アメリカはやり直せるのだろうか?