大統領選の勝敗を握る接戦州の多くがある中西部はハートランドと呼ばれている。
中西部というと西の方にあるようだが、ナポレオンから西部を買い取るまで、西部よりも手前にある中西部がアメリカにとって一番西だったから、この名になっただけで、実際はアメリカの中部にある。だから中心にあるという意味で「ハート・ランド」と呼ぶ。
もう一つのニュアンスは、アメリカのハート(心)という意味だ。
中西部は、工場労働者と農業従事者が多いブルーカラーの地域である。
アメリカという国をここまで大きくしたのは、
このハートランドで額に汗して働く第一次、第二次産業従事者だという自負がある。
逆に言えばハリウッドの文化人や、ニューヨークの証券マンなど本当の男じゃない、
本当のアメリカ人じゃない、という気持ちだ。
アメリカの大阪と呼ばれるシカゴではその心意気がもっと強い中央への反発心になっている。
(お笑い芸人、家電メーカー、やくざなどシカゴと大阪は共通点が多い)
で、現在、このハートランドがアメリカという国の運命を決する鍵を握っているというのは何か象徴的だ。
ハートランドでも特に五大湖地方は南北戦争後北上した黒人労働者、20世紀始めに移民したアイルランド人、ロシア東欧系、イタリア系が多く人種的に複雑で多民族国家アメリカを象徴するような土地だからだ。
彼らはカソリックや東方正教なので、保守的ではあるが、南部やバイブルベルトの福音派のように盲目的に共和党に投票するわけではない。
だから接戦州、浮動州として揺れ動いており、それはまさに揺れ動くアメリカの心のようだ。
しかし接戦州には狩猟人口が多い。
共和党は銃器所持の規制に反対して、NRA全米ライフル協会から正式に支持されている。
デトロイトのロッカー、テッド・ニュージェントもハンターだし、ミシガンは武装集団ミリシアの本場だ。
中西部ではないが接戦州のアリゾナやコロラドは開拓時代からカウボーイやガンマンの土地だし、ペンシルヴェニアも『ディア・ハンター』で描かれたようにハンターが多い。
だからケリーは中西部オハイオの選挙活動中に突然、カモ撃ちに出て、自分も狩猟をするところを見せて、銃器所有者たちにアピールする必要があったのだ。
銃は男根の象徴だと言われるが、接戦州、中西部、早い話、アメリカの田舎のブルーカラーには強烈なマッチョ信仰がある。
とにかく行ってみればわかるが、男はみんな野球帽かぶってネルシャツ着てるね。マジで。
仕事が終わるとスポーツバーに集まって野球見ながらビールを飲むというのが典型的中西部の男だ。
野球やフットボールが好きでない奴は男じゃないと本気で信じている。
そして先日、接戦州コロラドのデンバー・ブロンコスの伝説的QBだったジョン・エルウェイをはじめ、二十五人の金メダリスト、NBA、NFL、大リーグの殿堂入り名選手たちが共和党支持を正式に表明した。
共和党はブッシュをスポーツマンとしてアピールしようとした。
たとえば、共和党大会でブッシュは何の意味もなく夜の田舎の草野球場から中継で登場し、
「フィールド・オブ・ドリームス」のようなトウモロコシ畑と草野球という中西部的ファンタジー、アメリカの原風景を演出した。
銃規制は大統領を選ぶポイントになるだろうが、スポーツが好きかどうかは政治と関係ないだろうと思う。
しかし、共和党はこれが重要だと信じている。
http://www.footballfansfortruth.us/
共和党系のこのサイトはケリーがフットボールを投げる写真で、たまたま手首がオカマ風に反り返っている写真などを集め「女投げだ」などと中傷している。
また「ブッシュはテロの後、最初の大リーグの試合で始球式で投げたボールがストライクだった」とブッシュを持ち上げ、「スポーツのヘタな男にこの国を任せられるか?」と煽っている。
しかし、実際はケリーは高校時代にサッカー、ホッケー、フットボール選手だったスポーツマンで、六十歳を過ぎた今でもスノボやウィンドサーフィンをするほどだ。
しかも接戦州フロリダのニュースプレス紙が高校の同級生たちに取材したところ
「ケリーは運動神経抜群だった」との証言が集まった。
いっぽうブッシュは高校時代はチアーリーダー部だった。
女子のチアリーダーは憧れだが、男のチアリーダーはアメリカでは「女の腐った奴」と呼ばれる。
同じくニュースプレス紙が同級生を探してインタビューしたところ「選挙期間中にヘンなことは言いたくないけど、ブッシュは運動が得意とは言えなかったね」
そりゃそうだろう。ブッシュがホワイトハウスで自転車でコケて顔面から落ちる姿は放送されたし、「誰でも乗れる」が売り物のセグウェイで思いっきりコケている。
そこで、「ブッシュはスポーツマン」と言うのはさずがに無理があると気づいた共和党は戦略を変えた。
共和党のジュリアーニ元NY市長は、ケリーが地元ボストン・レッド・ソックスの選手の名前を間違ったことを揶揄した。
またケリーがグリーンベイパッカーズのホームスタジアムの名前を間違えた時は、共和党や保守系ラジオのDJたちは鬼の首でも取ったとように「ケリーは普通の男のようなフリをしてるけど、実はプロスポーツなんぞ見もしないで、優雅にスキーをしてるような東部のエリート野郎だ」と大騒ぎだった。
いっぽう、ブッシュは接戦州の演説で野球用語やフットボール用語を駆使して、スポーツ・ファンの気を引いている。
これはとんでもない欺瞞だ。
共和党は接戦州で勝つために、実際は運動神経の鈍いブッシュを「スポーツ・ファン」として宣伝し、実際はスポーツマンであるケリーを「偽スポーツ・ファン」と中傷しているのだ。
実はこれは、もう一つの欺瞞とよく似ている。
共和党は徴兵を逃れて州兵に逃げ込み、そこでもサボったブッシュを戦時大統領として持ち上げ、実際にベトナム戦争に志願し、命をかけて戦友を救ったケリーを、帰還してからベトナム戦争に反対したという理由で、裏切り者呼ばわりしている。
もっと嫌なことに、ブッシュが高校の成績が悪くて、今でも英語や教養に問題があり、アル中だったことは、接戦州に多いブルーカラーの人々にとって親近感を呼びこそすれ、決してマイナスにはならないのだ。
逆にケリーがフランス語も堪能なことが「気取りやがって」という反発を呼んでいる。
だからディベートでケリーがブッシュを言い負かした時も、勝負はケリーの勝ちとしながらも、「好感度」では、しどろもどろだったブッシュのほうが勝ってたりするわけだ。
ちなみに2000年の選挙時にオイラはコロラドに住んでたけど、ウチの近所の仲間(軍隊経験者多し)がいちばん応援していたのは共和党のマケインさんだった。筆者も共和党左派のマケイン氏が理想的な大統領だと思っていた。
マケインさんは志願兵としてベトナムに行き、捕虜として何年も収容場に入れられたが、自分を処刑しなかったベトナムの民に感動して、その後もベトナムを訪れ、ベトナムを支援している。
人種差別に激しく反対しており、養子はバングラデシュの孤児だ。
ところがブッシュはマケインさんを中傷するために「彼はベトナムの収容所で狂った」「ベトナムに洗脳された」「黒人との間に私生児がいる」とデマを撒き散らした。
ブッシュのやり方はいつも同じだ。