1月21日からシャンテ、武蔵野館などで公開される映画『アニマル・キングダム』の劇場用パンフに解説を書いています。
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オーストラリアに実在した犯罪一家と警察の抗争に巻き込まれた17歳の少年を描くバイオレンス映画で、クエンティン・タランティーノに絶賛されました。
2011年のアカデミー助演女優賞には、二人のモンスター・マザーがノミネートされた。
ひとりは『ザ・ファイター』のメリッサ・レオ。実在のプロボクサー、ミッキー・ウォードを支配する強すぎる母を演じた。何しろ息子が恋人とセックスしている現場に踏み込んで「ウチの息子に手を出すんじゃないわよ」と凄むのだから恐れ入る。
もうひとりは『アニマル・キングダム』のジャッキー・ウィーヴァー。彼女が演じるスマーフ・コディもオーストラリアに実在したキャシー・ペッティンギルというギャング一家の母をモデルにしている。キャシーは「メルボルンのマー・バーカー」と呼ばれた。マー(お袋)バーカーはアメリカの禁酒法時代のギャングで、息子たちを引き連れて全米各地で銀行強盗をした揚句、FBIとの銃撃戦で全滅した。キャシー・ペッティンギルも銀行強盗や殺人を繰り返す息子たちの上にボスとして君臨し、自分で売春組織を仕切り、麻薬を売買し、ギャングとの抗争で顔を撃たれて片目が義眼になっていたほどの武闘派だった。
しかし、『アニマル・キングダム』でウィーヴァーが演じる母はそんな怪物としては描かれない。「スマーフ」と可愛い愛称で呼ばれる陽気なおっかさんで、自分では直接犯罪を行わなかい。ただ、40過ぎたヤクザな息子たちを幼児のように可愛がるだけだ。顔についた食べ物のカスを自分の唾をつけた指で拭いてやったり、口で口にキスしたり……。そのモンスターぶりは精神的なものなので、オスカーは、叫んだり暴れたりの派手な演技のメリッサ・レオにさらわれてしまったが。
オーストラリアの犯罪映画というと、80年代のオーストラリア製バイオレンス映画ブームを思い出す。『マッドマックス』(79年)シリーズの世界的ヒットによって、ハリウッド映画ではできない直接的な残虐描写に満ちた映画がオーストラリアで量産されたのだ。ところが『アニマル・キングダム』は逆に、何も直接見せない、直接言わないで表現する。
コディ一家の銀行強盗の描写はない。タイトルバックに監視カメラの映像を見せるだけだ。主人公のジェイが「法王」による警官二人射殺について法廷で証言する、本来ならクライマックスになるべきシーンも丸ごと省略されている。閉廷後に護送車の中で警官が憎々しげにジェイの額に銃を突きつけることで、ジェイが警官殺しについて証言しなかったことが暗示されるだけだ。
クエンティン・タランティーノは2010年に観た映画のベスト3に『アニマル・キングダム』を挙げている。それは彼が愛する映画『エディ・コイルの友だち』(73年)に似ているからではないか。『エディ・コイル〜』は銀行強盗に武器を密売する中年男を主人公にした話だが、強盗シーンは一回だけで、アクション描写はほとんどない。ただ、強盗や殺人を生業として生活するボストンの暗黒街の人々の日常が淡々とリアルに描かれる。ベン・アフレックは『ザ・タウン』(10年)を監督する時、『エディ・コイル〜』を参考にした。また、タランティーノは『ジャッキー・ブラウン』(98年)で『エディ・コイル〜』の登場人物の名前をヒロインに借りた。
『アニマル・キングダム』の外見は観客を欺く。15人以上を殺してドクター・デスと呼ばれたペッティンギル家の長男デニス・アレンがモデルにしたペッティンギル家の長男「法王」を演じるベン・メンデルソンは、マイケル・ペリン似の温厚そうな容貌で、とても殺人狂には見えない。しかし、真っ暗な部屋でエア・サプライの「オール・アウト・オブ・ラブ」のMTVを静かに見つめる彼の眼には狂気以外の何物も見えない! エア・サプライはペッティンギル一家が暴れていた80年代に同じメルボルンから登場して世界的な名声を得たAORバンド。監督のデヴィッド・ミコードは、当時、メルボルンで思春期を過ごしていたので、ペッティンギル一家とエア・サプライを同時に体験したのだろうが、爽やかなラブバラードが「法王」の狂気を逆に際立たせる見事なシーンだ。
しかし、『アニマル・キングダム』で最も不気味なのは主人公の高校生ジェイだ。母親がヘロインの過剰摂取で死ぬ冒頭から、彼はまったく感情を見せない。叔父たちが麻薬をやるのを見ても、拳銃を渡されても無表情だ。ジェイに起用されたジェームズ・フレッチヴィルという新人はよほどの大根なのか? 若干苛立ちながら観ていると、恋人が殺された時、彼は初めて感情を爆発させる。その表現のリアルさを見ると、今までの無表情には理由があるとわかる。
「自然界では強者に守られないと弱者は生きられない」
ガイ・ピアース扮する警部がジェイに弱肉強食の掟を諭し、警察への協力を求めてもジェイは応じない。彼は弱者ではなかったからだ。最後に祖母スマーフがジェイを抱きしめるのは、彼が正義を遂行したからではなく、アニマル・キングダムの新しい王を迎える戴冠式なのかもしれない。