「ユナイテッド93」は究極のジェットコースター映画

TomoMachi2006-05-14

2001年9月11日朝、世界貿易センタービルに二機の旅客機が突っ込み、ワシントンの国防総省ビルに一機が激突した。
 その後、四機目のユナイテッド航空93便サンフランシスコ行きが、ワシントンに向かって飛行中にペンシルヴェニア州の森に墜落した。
 四機は同時に特攻する予定だったがユナイテッド93便は離陸が30分遅れた。
 そのため、ハイジャックされた後、乗客が機内から家族に電話をして、他の旅客機がテロに使われたことを知り、このまま見ていても死ぬだけだとわかった。
 そして「Let's Roll!(やったろうぜ!)」という言葉を残して電話を切った。
 乗客たちがハイジャックに襲いかかり、コントロールを奪おうとしたので、ハイジャッカーはワシントンの目標(ホワイトハウスか議事堂)に到達する前にあきらめて飛行機を墜落させたのだ、と推測された。
 ユナイテッド93便の乗客たちは身を挺してテロリストと戦った英雄とされ、「レッツ・ロール!」は愛国的な流行語になり、ブッシュ大統領も演説で使ったりした。


 そのユナイテッド93便に何があったのかを描いた映画が『ユナイテッド93』だ。


 『ユナイテッド93』は製作発表された時から批判にさらされた。
「ハリウッドはあの悲劇を見世物にするつもりか」「不謹慎だ」
「まだ事件の記憶が生々しすぎる」
 ブッシュ政権の支持率が36%に落ち込み、イラク戦争に国民の過半数が反対している現状で、911テロの怒りを呼び覚ます政治的意図があるのかも? と疑われたりもした。
 航空パニック映画風の予告編が映画館で流れ始めると、NYマンハッタンの映画館では観客から「こんなものを流すな」と苦情があって予告編の上映を中止した。
 そのため、途中から新しい予告編に変わった。
 その予告編は本編からの映像はあまりなく、ドラマチックな音楽やナレーションもない。
 まず、監督のポール・グリーングラスが「なぜ、この映画を作ろうと思ったのか」を説明する。
 続いて、墜落したユナイテッド航空93便の犠牲者の遺族が次々に出演し、「あの人がどのように死んだのか、知ってもらうために、この映画の取材に協力しました」と訴える。
 そして最後には、93便の遺族への基金についての字幕が出る。
ユナイテッド93』の第一週の興行収益の1割がその基金に寄付されるのだ。
 この予告編は、「金儲け目的じゃありません、真面目な映画です」という言い訳みたいなものだ。
 

 ところが、4月末に映画が公開されるとマスコミは大絶賛だ。
 全米の新聞雑誌の映画評を集計するサイトRottenTomatoesによれば全媒体の91%が『ユナイテッド93』を推薦している。


 この映画は、ユナイテッド93便の搭乗から墜落までの約二時間をほとんどリアルタイムで描き、あの朝の恐怖の二時間をそのまま、再現しようとしている。
 乗客たちを演じるのは全員、まったく無名の俳優だけ。
 地上の航空管制官たちや空軍の軍人たちは、実際の911テロに立ち会った本人たちが本人を演じている。
 会話は断片的で無意味(日常の会話は無意味な言葉の連続なので)、映像は全部、揺れ動く手持ちカメラだけ。
 つまり、これはまるでドキュメンタリーにしか見えないのだ。再現ドラマであるにもかかわらず。
 懸念されたような、観客を「泣かせ」る煽情的な演出や、イスラムへの怒りを煽るプロパガンダ性は一切ない。
 とにかく、93便の乗客と同じ恐怖を観客に体験させることに徹しているのだ。
 映画館の座席に座っていると、ハイジャックされた飛行機に自分が乗っているような錯覚に陥るほどの徹底した迫真性だ。
 映画史上最も凶悪なジェットコースター映画といってもいい。


 批評を見てみると、「NYタイムズ」のマノーラ・ダージスは感動しまくり。
「映画が終わった時、観客の頬には涙がつたっていました。一組のカップルが無言でかたく抱きしめあっていました」
 ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、ジョージ・F・ウィルは「『ユナイテッド93』を観ることは国民の義務だ」とまで書いている。
 でも、絶賛だけじゃない。
 同じワシントン・ポスト紙のポール・ファーヒは、機内の模様は憶測にすぎない、つまりフィクションなのに、ドキュメンタリーのように見せていることは事実の捏造だと批判している。
 たとえば、公式の調査では、最後まで乗客はコクピットに入れなかったと推測されているが、映画では最後に乗客がドアを破ってコクピットに突入してハイジャッカーと操縦桿の奪い合いになる。
 しかも、その前に乗客は二人のハイジャッカーに襲いかかって、彼らを血祭りにするシーンまである。実際は何があったか誰にもわからないのに。
 ハリウッドが実話を映画化すると、映画が脚色したことが、その後、事実として記憶されてしまうことが多い。ただ、『ユナイテッド93』は擬似ドキュメンタリー風なので、ドラマ以上に罪が重いかもしれない。
 また、「NYタイムズ」のフランク・リッチも辛らつだ。
「今さら、こんな映画を作っても遅すぎる。テロへの報復を理由にブッシュ大統領イラクに攻め込み、その後、イラクとテロとは何の関係もないことが判明したのに」