アイ・ハート・ハッカビーズ

TomoMachi2004-10-09

「スリーキングス」のデヴィッド・O・ラッセル監督の「アイ・ハート・ハッカビーズ」を観た。


これはハリウッドのオールスターキャストによる「実存主義コメディ」。
ハッカビーズ」というウォルマートみたいな大手スーパーマーケット・チェーンの誘致に反対する環境保護団体で働く詩人(ジェイソン・シュワーツマン)が、人生で起こる偶然の意味を知ろうと「実存探偵」に調査を依頼する。


「実存探偵」はダスティン・ホフマンとリリー・トムリンの夫婦で、人生の意味を探るのが仕事。
彼らは依頼を受けてシュワーツマンの日常を監視し始める。


しかしシュワーツマンの宿敵ジュード・ロウが登場する。彼はハッカビーズのエリート社員でハンサムで金持ち。しかも恋人はハッカビーズのCMモデルのナオミ・ワッツだ。
(ナオミはいい年して水着のグラビアモデル役で頑張る)。


そのジュード・ロウも実存探偵を雇ったことで、シュワーツマンはフランスから来た「プロのニヒリスト」(イザベル・ユッペール)に人生指南を乗り換える。


この映画、登場人物の行動やセリフがすべて、人生の意味を問う哲学的なものになっている。
三池崇史も言っていたが、映画というものは多くの場合「人はなぜ生きるのか」ということが共通するテーマになっている。
それを普通の映画は、日常のドラマや、恋愛やアクションやサスペンスやドタバタを通じて暗示するのだが、
この映画は二時間の間、実存的問いだけがドラマとセリフのすべてになっているのだ。


ものすごくヌーベルバーグである。


ラッセル監督もそれを意識してユッペールにフランス語をしゃべらせたり、
60年代のシトロエンを出したりしている。


つらそうなのは、哲学的セリフをしゃべらさせるマーク・ウォルバーグ。
こいつ、セリフの意味わかって言ってるのかな?