まったく「萌え」と無縁な、少女の真実の物語

TomoMachi2004-05-17

サンフランシスコの中心部ユニオン・スクエアから西に3ブロックほど歩いたあたりを「テンダーロイン」と呼ぶ。
テンダーロインというのは牛肉の柔らかい部分だが、その地区の警官は腐敗して賄賂で毎日高級なテンダーロインが食べられるからそう呼ばれるようになったという説がある。
ここは全米で最悪のホームレス地帯だ。
ご存知のようにニューヨークとロサンジェルスは大浄化作戦で、施設に収容したり、住家を世話するなどでホームレスを激減させた。しかしサンフランシスコ市はホームレス対策が遅れ、全米で最大のホームレスを抱える都市になった。彼らのほとんどが麻薬中毒か精神病、もしくはエイズ感染者である。
テンダーロインのポーク・ストリートを歩くと、老人だけでなく少年少女までも座り込み、麻薬中毒患者独特のうつろな目で通行人を見上げて言う。
「お金ちょうだい」
2002年にはこの路上で174人の未成年少女が売春で逮捕された。彼女たちの大部分は白人の家出少女だ。調査によると彼らが家出したのは、家庭内での性的虐待から逃げてきたのだという。
この状況は四十年前から変わっていない。


1970年代、テンダーロインの路上にフィービー・グロックナーという少女がいた。
フィービーの両親は離婚し、母親はフィービーと妹を連れてサンフランシスコに引っ越して来た。母の再婚相手は、母が見ていないところで幼いフィービーに性行為やフェラチオを迫った。継父にいじめられ、嫌われるのが怖くてフィービーは言われるままになった。ついにフィービーは継父に処女を奪われたが、母はまるで気がつく様子がない。
絶望したフィービーは家を出てテンダーロインの路上で暮らし始めた。
15歳だった。
わずかな食べ物と、その夜寝る場所を得るためにフィービーは何でもした。
人間以下の日々。
そこで彼女は同じ家出少女のタバサと親友になった。
重度のヘロイン中毒のタバサは麻薬目当てでフィービーを売人に売ったりもした。売人たちに輪姦されながらも、フィービーはタバサと離れなかった。身を寄せ合う相手が他にいなかったからだ。
しかし、十八歳になった時、フィビーはハッと目覚めた。
「このままじゃ野たれ死にだわ」
 でも、どうする?
 フィービーには売れない画家だった実の父から受け継いだ絵の才能があった。路上生活の中でも彼女は日々の出来事をマンガに描き続けていた。彼女はアダルト・スクール(市民は無料)に飛び込んで本格的に絵を学び、奨学金を得てカレッジに進み、ついには医学図解の修士号を獲得した。
人体図解の画家として成功したフィービーは、自分の体験を『ある子供の人生』というコミックに描いた。自分の近親相姦、レイプ、麻薬、ピンプとの恋愛体験を医学美術のように緻密で正確なタッチと、醜いものも隠さない(「萌え」などという幻想の余地など一切ない)冷酷なリアリズムで描ききった。
あまりに強烈な内容を見て印刷所が作業を拒否する事件まで起こったが、『ある子供の人生』はコミック界を越えて全米にセンセーションを巻き起こした。
『ある子供の人生』は、画家になったフィービーが久しぶりに通りかかったテンダーロインの路上で、エイズで死にかけたタバサと再会するところで終わっている。