天安門広場の記事に追補

天安門事件の日記に追補したけど、見てない人もいるかもしれないので、ここに上げておくよ。


「たしかに天安門広場の中では死傷者はなかったかもしれないが、広場の外では300人死んだのだから事件の本質自体は変わらない」と言ってる人がいる。
それもまた「証拠や証言よりも、自分の信じたいものを信じる」ことなのだ。


この事件の本質は、世界が当時信じたものとは違っていたことがすでに判明している。
つまり「善意の学生運動を政府が軍で弾圧した」という単純な話ではなかったのだ。
死者300人について最も責任を負うべき者は、学生のリーダーだったのだ。


なぜなら、彼らは意図的に、軍の介入と「虐殺」を引き起こそうとしたと、アメリカの映画やテレビのインタビューなどですでに告白しているからだ。


そもそも政府にとって、北京に解放軍を入れるのは内外ともに悪い効果しかないことが明らかなので、絶対に避けたい最後の手段だった。そのため政府は最後まで無血で学生を排除しようと説得していた。


しかし、学生側のリーダーたちは説得を拒み続けた。なぜなら彼らは「虐殺が必要だ」ったからだ。


1995年製作のアメリカ製ドキュメンタリー映画天安門THE GATE OF HEAVENLY PEACE」(日本でもDVD発売済)で、学生リーダーの柴玲(チャイ・リン)が無責任にも、カメラの前ではっきりとこう言っている。

http://www.tamaeiga.org/festival/program/7th/films/7-26.html


「政府を追い詰めて人民を虐殺させなければ、民衆は目覚めない。だけれど、私は殺されたくないので逃げます」


彼女らは、政府と学生を煽って、無理やりに虐殺を起こそうとした。
そして、いざ軍が来るという情報を得ると、自分たちだけアメリカ政府の手引きでこっそり海外に脱出したのだ。


軍が入ってきた時、広場に残った学生たちは柴玲たちがいなくなっていることに気づいて呆然とした。


いつの間にか中国を脱出していた柴玲たちは見てもいない「天安門の虐殺」を世界のマスコミに向けてアピールした。


要するに今枝の写真は彼らの企みに利用されたのだ。


真実はそういうことだったのである。


はっきり本人が「虐殺させなければ」と言っている映像が残っている以上、
学生たちを踏みにじったのは軍の戦車ではなく、柴玲たちなのである。


現在、アメリカやヨーロッパのTVドキュメンタリーでも、亡命した学生リーダーたちは「学生を利用し、事件の責任を負うべき者」「英雄になろうと企んだが敵前逃亡し、資本主義を享受している者」として、批判されている。そのうちのいくつかは日本のテレビでも放送されている。


また柴玲たちのその後を追ったノンフィクションも出版されている。
柴玲が亡命後に最初にしたことは美容整形だった。


柴玲たちに見捨てられた学生たちは、無傷で広場から撤収したものの、その後、逮捕されたり、ひどい目にあった。柴玲たちが英雄として西側生活を享受している間、残された学生たちは苦しんだ。彼らは柴玲たちの無責任さに今も怒っている。
だから柴玲たちが仕組んだ「天安門広場虐殺」という物語は否定しなければならない。
そして無血撤収を奇跡的に成し遂げた学生たちこそを評価すべきなのだ。