『ブルー・ルイン』ヒルビリー・ノワール


本日発売の映画秘宝、USAレポートはヒルビリーノワールともいうべき「ブルー・ルイン」という映画についてです。

――『ブルー・ルイン』って何ですか? 「青い廃墟」?
町山 ボロボロの青い自動車のことなんだ。海辺のポンコツ自動車にホームレスが寝泊まりしてる。空き缶を拾ってリサイクルに出して小銭を稼いだり、ゴミ箱を漁って暮らしてる。
――なんか地味そうな映画ですね。
町山 そのホームレスがある日、新聞を見たら、ウェイド・クリーブランドという殺人犯が釈放された、という記事がある。するとホームレスは急にしゃっきりして、自動車にバッテリーを入れて、ガソリンを入れて走り出す。
――ちゃんと整備してあったんだ。
町山 彼はなんとか拳銃を手に入れようとする。これで観客には「このホームレスはどうもウェイドという男を、復讐か何かで殺そうとしているらしい」と察しが付く。結局、拳銃は無理だったのでナイフだけを持って、ホームレスはウェイドが釈放される刑務所に行く。で、彼らの車を尾行して、釈放祝いしている酒場に忍び込み、ウェイドがトイレに来たところを襲って刺し殺す。ここまで約30分。ホームレスの彼は一言もしゃべらない。でも、彼が復讐するまでのディテールが面白くてまったく飽きさせない。
――でも、冒頭30分で復讐が終わっちゃうんですか?
町山 うん。でも、ここからホームレスの過去が少しずつ明かされていく。彼は誰で、なぜウェイドを殺したのかがね。面白そうでしょ?
――でも、監督も俳優も無名ですね。
町山 完全に自主製作だから。製作・監督・脚本・撮影を一人でこなしたジェレミー・ソウルニアはカミさんの退職金と自分のクレジットカード、それにクラウドファンディングで一般から出資を集めて『ブルー・ルイン』を作ったそうな。でも、去年のカンヌ映画祭で上映されて「新たな才能の登場!」と注目されている。
――よかったですね。ホームレスにならなくてすんだ。
町山 主役のホームレスはドワイトって役名だけど、彼を演じるジェイソン・ブレアも売れない俳優でねえ。
――見るからに華がないですよね。
町山 ブレアが最初、ホームレスの映画を作ろうと言い出した。そこに復讐というアイデアを盛り込んだのはソウルニアだった。
――で、ホームレスの過去はどうだったんですか?
町山 簡単に言うと、『ロリ・マドンナ戦争』(73年)みたいな話。アメリカの南部の山奥にはヒルビリーという貧しい白人が住んでるんだけど、クラン(氏族)ごとに対立して殺し合いをしている。
――『ウィンターズ・ボーン』(10年)もそんな話でしたね。
町山 そうそう。ヒルビリーの家族抗争で歴史上最も有名な事件は、ウェストバージニア州のハットフィールド家とマッコイ家の争いで、十年間にわたって殺し合って十人以上が死んだ。銃撃戦でバリバリ撃ち合って、州軍まで出動する事態になった。
――戦争ですね。
町山 その隣のバージニア州がこの映画の舞台なんだけど、ソウルニア監督はそこの出身で、いろいろ怖い昔話を聞かされて育ったんだろうな。
――ということは主人公が復讐して終わりじゃなくて……。
町山 長男を殺されたクリーブランド家とドワイトの戦争が始まるの。クリーブランド家はドワイトを警察に逮捕させたりせず、自分の手で復讐しようとする。彼らはヒルビリーだから全員がハンターで銃の腕は抜群。しかも頭も良くて、銃声で警察を呼ばれないようにボウガンでドワイトを狙い撃ちにする。でも、彼らを迎え撃つドワイトはさらに頭がいい! その頭脳戦を見せていく映画なんだ。
――ああ、低予算だからアクションの派手さじゃなくて、そこで勝負するんですね。
町山 サム・ペキンパーの『わらの犬』を思い出した。ダスティン・ホフマンが知恵を絞ってスコットランドの田舎のハンターどもを皆殺しにする。
――しかし、話を聞いてると先進国とは思えないですね。
町山 『ブルー・ルイン』で戦慄するのは、南部の田舎の家では、戦争できるほどの銃をザクザクためこんでるって描写だよ。アメリカの銃の数は人口より多いからさ。正当防衛を偽装して人を殺すのがやけに上手い男に「人、殺したことあるの?」って尋ねると、「うん」ってさりげなく答えるシーンも怖い。「二人。意図的なのはね」
――じゃあ、意図的じゃなくても殺してるのかよ!(笑)