「ソース・コード」改め「ミッション:8ミニッツ」のパンフに書きま

今年の4月ごろ、キラキラで紹介した映画「ソース・コード」が『ミッション:8ミニッツ』という邦題で、10月28日から日本公開されます。
↓キラキラのポッドキャスト
http://www.tbsradio.jp/kirakira/2011/04/20110422-2.html

最初はヒッチコック風サスペンスとして始まり、次に「マトリックス」風SFアクションとして展開、しかし、その本質は『恋はデジャヴ』的実存主義ドラマの傑作です。
僕は、パンフレットに原稿を書いています。

 2004年、シカゴのミレニアム・パークに「クラウド・ゲート」という名の、高さ10メートル、幅20メートルの銀色に輝くオブジェが登場した。ソラマメのような形なので「ビーン(豆)」とニックネームで呼ばれている。168枚のステンレス板を溶接したものだが、鏡のようにピカピカに研磨されているので継ぎ目は見えない。複雑な凹面がいくつもの像を万華鏡のように写し出し、鑑賞者の立ち位置、時間によって、見えるものは変化し続ける。
 このクラウド・ゲートを重要なモチーフにした映画『ミッション:8ミニッツ』も、観ているうちに万華鏡のように変化していく。それは様々な要素を巧みに取り込んでいるからだ。
 最初はサスペンスとして始まる。主人公のコルターは、シカゴに向かう通勤列車の客席にいる自分を発見する。列車で始まるサスペンスといえば巨匠アルフレッド・ヒッチコックが『バルカン超特急』(38年)や『見知らぬ乗客』(51年)などで得意としていたジャンルだ。『ミッション:8ミニッツ』のアメリカ版ポスターは、背広にネクタイのコルターが逃げる絵柄で、明らかにヒッチコックの『北北西に進路を取れ』(59年)のポスターを真似ている。
 次に物語はSFとしての正体を現す。コルターは「ポッド」の中で目覚め、「ソース・コード」というパラレル・ユニバース(並行宇宙)にいたと知らされるのだ。『マトリックス』(99年)を思い出す人も多いだろう。キアヌ・リーブスが、現実だと思っていたものはヴァーチャル・リアリティ(仮想現実)で、本当の自分はポッドの中にいたと知らされる展開だ。
 コルターの使命はソース・コードで爆破8分前に戻って列車爆破犯を見つけること。『デジャヴ』(07年)のデンゼル・ワシントンや、『12モンキーズ』(95年)のブルース・ウィリスのように。コルターの過去捜査がユニークなのは、乗客の一人、ショーンの意識の中に入り込むという点だ。この設定は『タイムマシーンにお願い』(89〜93年)というTVドラマからヒントを得ている。主人公がクアンタム・リープ(量子跳躍)という現象で、魂だけ過去の人間の中に入り込み、ケネディ暗殺やウォーターゲートなどの歴史的事件を次々に体験するシリーズだ。『ミッション8ミニッツ』では『タイムマシーンにお願い』に敬意を表し、同ドラマの主演俳優スコット・バクラを、コルターの父の声でゲスト出演させている。
 コルターがついに発見する犯人は、ダーティボム(通常爆薬で放射性物質を撒き散らす仕掛け)で大量虐殺を企んでいた。彼はデヴィッド・ハーンという実在の人物がモデル。1994年、17歳のハーンは自宅の裏庭で核反応炉を作ろうして逮捕された。ハーンは原料となる放射性物質を市販の日用品から調達した。たとえば超ウラン元素アメリシウムは煙探知機、トリウムはキャンプ用ガス灯、ラジウムは時計の夜光文字盤に、ほんの微量ずつ使われているが、ハーンはそれをせっせと集めた。核反応には足りなかったが、人を殺すには充分な量だった。
「乗客のなかに必ずいるはずの犯人を探す」という前提は、アガサ・クリスティ原作の『オリエント急行殺人事件』(74年)でおなじみミステリーの王道だが、怪しい乗客たちをチェックしていくうちに、コルターは気づいていく。同じ客車に乗り合わせただけの彼ら一人一人に人生があり、人格があり、家族があることを。ニュースで死者××人と表現されてしまうただの数字などではないことを。
 爆破8秒前を繰り返し、その度に違う展開を見せるという構成は『ラン・ローラ・ラン』(98年)などに似ているが、『ミッション:8ミニッツ』が優れているのは、コルターが8分間の繰り返しで人間的に成長していく点だ。脚本家のベン・リプリーは『恋はデジャ・ブ』(93年)の影響を認めている。『恋はデジャ・ブ』のビル・マーレーは自己中心的で傲慢なTVアナウンサーだが、啓蟄の日を永遠に繰り返すようになる。目覚めると同じ日の朝に戻ってしまうのだ。自暴自棄になった彼は欲望に任せて犯罪にさえ走るが、死んでも自殺しても同じ朝に戻る。しかし、何千回も同じ人々に会ううちに、ただすれ違う人々が身近に愛おしく思えてくる。実際、人間誰もが他の誰かの人生の背景ではなく、それぞれにかけがえのない人々なのだ。
 でも、爆破はすでに起こってしまった。コルターに乗客たちを救うことはできない。いつしか愛するようになったクリスティーナのことも。ならば、せめて「その瞬間」まで彼らを笑顔にしたい。幸福にしたい。彼女に、父に愛を伝えたい。8分間、ベストを尽くしたい。
『ミッション:8ミニッツ』はSFサスペンスを超えて、感動的で普遍的な、人生への問いかけを残す。人間誰でもいつ死ぬかわからない。一瞬一瞬が「最後の8分間」かもしれない。ならば、我々は日々をどう生きるべきか?
 最後に、映画を観終わった皆さんのために。
 このエンディングは脚本にはなく、ダンカン・ジョーンズ監督のアイデアで加えられた。爆破が阻止された時点で、コルターの8分間ミッションも実行されなくなるのでパラドックスが生じる。ジョーンズ監督は、そこからもうひとつのパラレル・ユニバースが派生して、コルターの魂が入ったショーンの人生が続いていくと解釈した。監督曰く「ショーンには申し訳ないけどね」。