超難解監督S・カルースの『アップストリーム・カラー』


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町山智浩の連載USAレポートは、あの超難解タイムトラベル映画『プライマー』の監督シェーン・カルースの新作SF映画『アップストリーム・カラー』。

町山 あのさ、『プライマー』(04年)ってループ映画覚えてる?
――偶然タイムマシンを発明しちゃう話でしたっけ?
町山 そうそう。ループものって、ただでさえややこしいのにさ、『プライマー』は壮絶に難解だ。これを自主製作したシェーン・カルースの大学での専攻は数学、それも非線形動力学だった。だからまっすぐ進まない話が得意なんだ。
――非線系……そんな難しい映画なんですか?
町山 たとえば主人公が過去に行くと、そこでは彼が二人になるわけだけど、今、画面に映っているのが、普通の過去の彼なのか、未来から来た彼なのか説明がない。
――それ、ちゃんと説明すればいいことじゃないですか!
町山 ところがだよ、この説明不足を喜ぶ客がいた。彼らは何度も何度も『プライマー』を観てパズルを解こうとした。自分なりの解釈や推理をチャートにして、ストーリーを組み立てて、それをネットで発表した。SNSでは『プライマー』をめぐって論争が繰り返された。
――そんなに盛り上がったんですか。
町山 『LOOPER』のライアン・ジョンソン監督も『プライマー』に強く影響されたらしい。で、ハリウッドから注目されて、予算のデカいSF映画の企画をしてたんだけど、結局、わかりやすい映画を求めるプロデューサーと決別した。
――どんだけわかりやすいのが嫌いなんだ。
町山 で、インディーズに戻って自分で資金調達し、脚本・監督・主演・音楽・撮影だけでなく、配給と宣伝まで一人で仕切ったワンマン映画が今回紹介する『アップストリーム・カラー』。
――どんな話ですか?
町山 俺に聞くなよ!
――いきなり逆切れですか?
町山 だって、わかんないんだもん! まず植物を育てている男が登場する。植木の中にいる小さなイモムシみたいのを集めている。彼は美しいOLをスタンガンで気絶させて無理やりイモムシを飲ませる。するとOLはなぜか男のいいなりになって、一緒に暮らすようになる。全財産を銀行から引き出して、その男に貢いじゃう!
――便利なイモムシですね!
町山 そのイモムシは寄生虫になって彼女の皮膚の下でモゾモゾ蠢く。
――わ、なんかクローネンバーグの昔の映画みたいですね。
町山 彼女は自分の皮膚の中を逃げる寄生虫をナイフで切り裂いて取り出そうとする。
――イタタ! 
町山 寄生虫が取り出せないOLは血だらけで外に彷徨い出る。そこで、地面にノイズを聴かせてるおっさんと出会う。
――はあ?
町山 デカいスピーカーを地面に伏せて、自分で録音したノイズを聴かせてるんだ。彼は、OLに会うと、黙って彼女を手術して、体内の寄生虫を取り出し、なぜかそれを子豚に移植する。そういう豚をおっさんは沢山飼ってる。で、彼女のように誘拐された人は他にも沢山いることがわかる。
――何のために?
町山 わからんよ! 全然セリフないし。で、寄生虫を取り出されたOLは正気に戻り、カルース扮する男と恋に落ち、結婚し、妊娠する。ところが、彼女はまだ、寄生虫を移植された豚と「つながっている」。あの豚は子豚を何匹が生むんだけど、おっさんはそれを麻袋に詰めこんで川に投げ捨てて殺す。
――本当に悪い奴らだ!
町山 子豚が殺されるとOLの胎内の子供も死んでしまう。そして子豚から川に溶け込んだ何らかの遺伝子の影響で、川沿いに咲く蘭の花が青く変化する。それがタイトルの「上流の色」のことらしい。
――聞けば聞くほどさっぱりわからんです。
町山 でも、今回もネットでは「これはいったいどういう話?」と盛り上がっている。これってキューブリックが言った「モナリザ理論」だね。
――つまり?
町山 『2001年宇宙の旅』には最初、全編にナレーションがついてたのに、キューブリックは編集段階でそれを全部捨ててしまったから、意味がわからなくなった。けど、そのせいで「難解な映画」として話題になり、忘れられなくなった。キューブリックは「ダヴィンチの『モナリザ』は誰なのか謎だから名作になった」と。
――パズルを売る商売人ですね。
町山 でも、『アップストリーム・カラー』はこれだけ意味不明でもずっと観てられるのは、映像が快感だからなんだよね。カルース自身が撮影した画面はいつもピントが極端に浅くて、周囲がボケていて夢みたいで癖になる。アンビエントな音楽もクールだし。
――こういう難しい映画が増えると、評論家もいっぱい仕事が増えますね。
町山 いいよ! めんどくさいから!


「男の子映画道場」はJPメルヴィル監督の『サムライ』『仁義』『いぬ』についてです。

映画秘宝 2013年 08月号 [雑誌]

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