爆笑問題『日と米』解説by町山智浩

今年は本の解説をけっこう書きました。
好きな映画やマンガを解説するのは大好きだけど、好きな人の本の解説書くのも責任重いけど楽しいね。

日と米―爆笑問題の日本史原論 (幻冬舎文庫)

日と米―爆笑問題の日本史原論 (幻冬舎文庫)

この文庫の解説はバンクーバーで書きました。
爆笑問題の日本原論シリーズを最初から担当し続けている編集者穂原さんと一緒にオイラが初めて太田光さんと会った時(17年くらい前)のことなどが書いてあります。
この解説のなかで「空爆による勝利」というディズニー製作の反日プロパガンダ映画(東京大空襲の必要性を米国政府に説得するために作られた)について詳しく書いたので、興味ある方はぜひ、お読みください。

爆笑問題『日と米』解説 町山智浩&穂原俊二

穂原――というわけで『日と米』、どうだった?
町山――いやあ、ものすごくためになりました。オレ、アメリカのこと、全然知らないから。
穂原――あんた、アメリカにもう10年以上住んでるだろ!
町山――いや、住んでるから知ってるとは限りません。だって「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」って言うでしょ。
穂原――それはあんたの本の題名だろ! こんなところで宣伝するなよ!
町山――本当に、この本は本当に素晴らしいです。日米関係の歴史を追いながら、教科書的なものではなく、その裏にあるお互いの心理まで深く踏み込んで。特に田中さんの頭のよさに驚嘆しました。
穂原――たしかに田中聡さんの参考文献も素晴らしい。
町山――田中さんてすごいですね。漫才でも的確に情報を整理してくれるし。
穂原――それは爆笑問題田中裕二さんだよ! 違う田中さんだよ!
町山――あ、そうか。でも、この漫才読むと、田中さんに比べて太田さんはダメだめですね。トンチンカンなことばかり言ってボケてて。
穂原――ボケるのが役割なの! わざとやってるんだよ!
町山――え? それじゃあ、ラース・フォン・トリアー監督の『イディオッツ』みたいに、バカのフリして周囲の人々の反応を観察する実験ですか?
穂原――実験じゃなくて漫才だよ! 
町山――ああ、そうでしたね。いやあ、アメリカ生活が長くて忘れちゃって。
穂原――ウソつけ! この会話自体が漫才だろ!
町山――ところでオレが太田光さんに初めて会ったのはいつ頃でしたっけ?
穂原――あれは僕と町山君が「宝島30」って雑誌の編集してた頃に連れてったから、もう17年くらい前じゃないかな。
町山――最後に会ったのも、その時ですよ。
穂原――じゃあ一回しか会ってないじゃんか!
町山――まあまあ。あの時は穂原さんが爆笑問題に連載をお願いしに行くと聞いて、オレが「一緒に連れてって!」ってダダこねたんですよ。
穂原――そうだっけ?
町山――そしたら銀座のクラブで接待とかじゃなくて、きったねえ小さな喫茶店だったんで来て損したと思いました。
穂原――おこぼれ目当てだったのかよ!
町山――ふてくされて片隅でボブ・ディラン聞いてましたよ。
穂原――ガロかよ!
町山――で、爆笑問題が二人で現れたんですが、驚いたのは田中さんが美女だったことですね。
穂原――あれは太田さんの奥さんの光代さんだよ!
町山――そうそう。「太田光代」って名刺もらったんで。太田光&光代って新コンビ組むのかと思って。
穂原――林家ぺー&パー子じゃないよ! ていうかベタなボケするなよ!
町山――で、打ち合わせでは、時事問題を毎月、紙上漫才にしていこうという話になりました。オレ、「田中さん無しで決めちゃっていいのかな」と思ったんで、田中さんを探してテーブルの下とか、砂糖つぼの中とか見たんですが。
穂原――そんなに小さくないよ! 
町山――太田さんが「漫才の原稿は僕が一人で書きますから」って言ったので驚きました。「え、じゃあ、ツービートもたけしさんが一人でネタ考えてたのか。ショックー!」って。
穂原――今頃、何驚いてるんだよ!
町山――それで始まった連載が後に『日本原論』という本にまとまって、ベストセラーになりました。穂原さんの編集者としてのヒット作ですね。どうしてオレに印税くれないんですか?
穂原――最初の打ち合わせの席にいただけだろ!
町山――ほんと、それだけの関係なのに、後にオレが『底抜け合衆国』という本を出した時、帯の推薦文を太田さんにお願いしたら、すぐにタダで引き受けてくれたんだから律儀ですよね。当時、オレはまだ本を出し始めで名前がまったく知られてなかったんだけど、「爆笑問題太田光の推薦文つき」ってことで本屋さんが注文してくれたんです。
穂原――ああ、そうなんだ。
町山――だから次に本を出す時はもっと大きく「爆笑問題」って書けばもっと売れるんじゃないかと思って。表紙いっぱいにドカンと。
穂原――それ、誰の本なんだよ! そろそろ『日と米』について解説しなよ!
町山――この本はペリー来航から始まるけど、アメリカ人に「ペリーが日本を開国させたんだよ」と言っても知ってる人は少ないですね。
穂原――マシュー・ペリーってフルネームでは?
町山――「それなら知ってる!」って言われる。「『フレンズ』のチャンドラーでしょ!」って。
穂原――同姓同名の俳優だろ! しかし日本では小学生でも黒船のペリーを知ってるのに。アメリカ人にとって日本は重要じゃないんだね。
町山――ペリーがアメリカに帰ってすぐに始まった南北戦争の陰に隠れちゃったみたい。ただ、『日と米』にはペリーが日本に贈った白旗の話が出てくるけど、ペリーの星条旗は今も海軍士官学校に保存されてるんですよ。ペリーが日本に来た時に黒船に掲げてた旗。
穂原――へえ、130年くらい前のものなのに。
町山――この星条旗は星の数が31という中途半端な数なので稀少なんですね。
穂原――31なんて素数をどうやって並べるの?
町山――5つの星が5列で、いちばん端っこの列だけ星6つ。この旗はそれから92年後に一度日本に戻って来ました。第二次大戦に日本が負けて、横浜沖に浮かぶアメリカの戦艦ミズーリで降伏調印式が行われた時、ミズーリに掲げられたのがこの旗なんです。
穂原――わざわざそんな古い旗を持ってきたの?
町山――マッカーサーが持ってこさせたそうです。彼はペリーと血縁があるので、ペリーの日米和親条約調印を再現したらしいです。
穂原――ずいぶん儀式的で象徴的なことをするんだねえ。
町山――重光外相にも「ちょんまげを結ってください」と命じたそうな。
穂原――コスプレかよ!
町山――あと、フランク・キャプラ監督のプロパガンダ映画『汝の敵を知れ』がアメリカ人の日本人観に影響を与えたという説だけど、これはどうも違うらしいです。
穂原――というと?
町山――『汝の敵を知れ』が公開されたのは1945年8月9日なんですよ。
穂原――長崎への原爆投下と同じ日なんだ。
町山――この後、すぐに戦争は終わっちゃうんですね。それに映画自体を見てみると、それほど日本人を蔑視してるわけじゃない。「日本人は小さい体にもかかわらず、米を食べるだけで自分の体重の半分を背負って死ぬまで戦う、勤勉で礼儀正しく統率のとれた人々だ」
穂原――「やつらは優秀だぞ、油断するなよ」ということかね。
町山――フランク・キャプラが政府のプロパガンダ映画に積極的に参加したのは、イタリア移民だからアメリカへの忠誠を示す必要があったようです。彼は『ここはドイツだ』という映画も作ってます。
穂原――反ナチのプロパガンダ映画?
町山――ここでもドイツ人の優秀さが強調されています。「彼らは清潔で勤勉で優秀な技術者だ」と。
穂原――アメリカ人はよほど「勤勉」が怖いんだね。
町山――三国同盟のうち反イタリアの映画は作られてないですが、イタリア人であるキャプラが作れば良かったのに。「彼らは陽気で女好きで大雑把な人々だ」って。
穂原――何をプロパガンダするんだよ!
町山――『汝の敵を知れ』よりも戦争に大きな影響を与えたプロパガンダ映画は『空爆による勝利』というディズニー・アニメですよ。
穂原――ディズニー・アニメ?
町山――そう。ウォルト・ディズニーが私費を投じて作った映画です。
穂原――政府から依頼されて作った戦意高揚映画じゃなくて?
町山――この『空爆による勝利』は逆なんです。アレクサンダー・P・デ・セヴァースキーというロシアから亡命した元パイロットの飛行機開発者が書いた本が原作で、セヴァースキーは「連合軍がドイツと日本に勝利するためには、長距離重爆撃機による敵本土の戦略爆撃以外にない」と主張したんですが、政府に聞き入れられなかった。でも、ウォルト・ディズニーはこれを読んで共感して、政府を説得するために自分で映画化したわけです。
穂原――ミッキー・マウスで儲けた金で。
町山――「白雪姫」とかね。『空爆による勝利』はセヴァースキー本人が出演して「敵本土を直爆撃すれば戦闘で自国の兵士が戦死することを避けられます」と説明します。クライマックスはディズニー・アニメで映像化された東京大空襲です。
穂原――爆撃機ミッキー・マウスが乗ってたりするの?
町山――残念なことに乗ってません。乗せればよかったのに。迎え撃つ日本兵はキティちゃんで。
穂原――キティちゃんはまだ存在してないよ!
町山――で、東京は猛爆撃で完全に焦土と化してめでたしめでたし。この映画は1943年の7月に完成して、ディズニーはフィルムを、ケヴェックで会談していたチャーチル首相とローズヴェルト大統領に送りました。で、この映画を観た二人は日独本土への爆撃に向けて動いたんですよ。
穂原――じゃあ、死者10万人を出した東京大空襲の元凶はディズニー?
町山――原爆投下の遠因でもありますね。あと、基地問題ですが、アメリカ人はみんな「日本に頼まれてるから、嫌々いてやってる」と思ってますよ。先日、KKKの集会に取材に行ったんですけど。
穂原――KKKって、黒人をリンチするあの……。
町山――国分カンヅメ株式会社。
穂原――クー・クラックス・クランだろ!
町山――そう、そのKKKの集会がテネシー州で開かれたので、行ってインタビューしてきたんですが、トーマス・ロブというリーダーが「戦争が終わって55年も経つのに、なんでアメリカ軍が日本を守ってやらなきゃいかんのか、わからん!」って怒ってました。
穂原――こっちは「居座られてる」と思ってるのに。
町山――KKKは「日本よりも自国の国境をメキシコからの不法移民から守れ」と言うんですよ。
穂原――しかし、あんたもそんな危ない所によく行くね。
町山――GM(ジェネラル・モーターズ)が破綻した直後に自動車産業の街デトロイトにも取材に行きましたよ。自動車労働組合の事務所を訪ねたんです。太平洋戦争に行った老人から「オレたちは命がけで日本とドイツと戦争して勝利したのに、戦後はドイツと日本の車にさんざんやられて工場は潰れた。何のための戦争だったんだ?」そして、自動車工場の広大な廃墟を指差して言いました。「何もなくなってしまった。爆撃された後みたいだろ?」
穂原――うわー。「こうなったのは日本車のせいだ!」って襲われなかった?
町山――いや、しんみりした感じでした。「オレが子どもの頃、メイド・イン・ジャパンは粗悪品の代名詞だった。だから油断してたら追い抜かれた。今の中国製品は安いぶん質が悪いけど、きっと中国はいつか質でも日本を抜くだろう。そしたら日本の産業もアメリカみたいに滅びるぞ。仲間だな」って。こうしてついに日米理解が達成されるんですね。
穂原――そんなことでわかり合ってもしょうがないよ!