「ドリンクとポテトは小、中、大のどれにしますか?」
マクドナルド他のファストフード店に行くとそう聞かれるが、アメリカではさらにこう言われる。
「それともスーパー・サイズ(特大)?」
一人の男が30日間朝昼晩の三食をすべてマクドナルドで食べ、「スーパーサイズにしますか?」と聞かれたら必ず「YES!」と答える人体実験ドキュメンタリー映画『スーパー・サイズ・ミー』を観た。タイトルは「オレをスーパー・サイズにしてくれ」という意味。
モルモットになるのは監督脚本製作をこなす自主映画作家モーガン・スパーロック(33歳)。
ニューヨークに住むモーガンは2003年2月から3月にかけて30日間、マクドナルド以外で一切何も食べず、それをビデオ・カメラに記録した。
「毎日、マクドナルドで食事なんて、ガキの頃の夢がかなったみたいだ」
モーガンがこんな実験を始めたのは単にマックが好きとか有名になりたいだけではない。二人の十代の肥満女性がマクドナルドを訴えたからだ。つまり自分たちが肥満になったのはマクドナルドが肥満に関する情報を客に与えずに肥満を誘発する食事を提供したからだというのだ。
モーガンはそれを実際に試そうというのである。
アメリカ人の肥満率は子供の半分、成人の3分の2に上る。年間40万人以上が肥満が原因の糖尿病や心臓麻痺で死亡している。
これは人種的な問題ではない。ヨーロッパと比べてもアメリカの肥満率はケタ違いに高く、黒人も白人も肥満率は変わらない。となれば原因は生活習慣以外にない。カロリーの過剰摂取と運動不足である。
そこでモーガンはアメリカ人の食生活に大きな比率を占めるファストフードでの食事がいかに危険かを自ら試そうというのだ。
これは実験なので、厳密にルールが決められた。
1 実験前のモーガンが完全に健康で血圧や脂肪率などの数値がすべて平均値であることを三つの別々の病院で確認する。また、実験中も定期的にチェックを受け続ける。
2 30日間、マクドナルドで買えるもの以外は水すら一切口にしない。
3 車に頼っているのでアメリカ人が一日平均歩く量は2千歩以下。それに従い、一日2千歩以上歩かない。
4 いろいろあるメニューをまんべんなく全種類食べる。
5 基本的に残さず全部食べる。
6 「スーパー・サイズにしますか?」と尋ねられたら必ず「イエス!」と答える。
実験を始めて2日目、「毎日マックで楽しいな」と喜んでいたモーガンは初めてスーパーサイズに挑戦。
ところが一時間かけても食べきれず、とうとうゲロゲロと戻してしまう。
これであと28日間も続けられるのか? 油の匂いを嗅いだだけでゲロ吐きたくなるんじゃないのか? と予想するが、結果は逆だった。
モーガンは食べれば食べるほどマックにハマっていくのだ。
スーパー・サイズも次第にペロっと平気で食べられるようになる。胃袋が明らかに拡大している。アメリカでは肥満治療の最終手段として脂肪吸引と胃袋縮小手術を受ける患者が増えている。
半月を過ぎるとモーガンはイライラして集中力がなくなり思考能力が落ちていく。これはヴィタミンとカルシウムやカリウムなどのミネラル不足が原因だが、それだけではない。モーガンはマックに行きたくて行きたくてたまらなくなり、店に駆け込んでマックにかぶりつきシェイクをすするとスーッと苛立ちが消えて幸福になるのだ。これは脂肪や砂糖に習慣性、中毒性があるからだ。モーガンはマック・ジャンキーになってしまったのだ。
モーガンはマックのメニューにあるバーガー以外のものもまんべんなく食べる。一見ヘルシーなヨーグルトやサラダだが、アメリカのヨーグルトやサラダドレッシングは激甘で、バーガー以上のカロリーがあるのだ。また、チキンナゲットは年老いて卵を産まなくなった老鶏を粉砕した粉を小麦粉で固めたいかがわしいものだ
モーガンは毎日マクドナルドで食事して何十年にもなる男に取材する。彼は今まで二万個近いビッグマックを食べ続けてきたが、肥満でもなく健康だった。なぜ? と思って聞いてみると、彼は実はバーガーだけが好きで、フライやコーラは飲まないのだった。
ちなみに筆者もアメリカに住んで最初の4年間で20キロ近く体重が増えた。シラキュース、コロラドと田舎に住んでいたのでアジア系食材が入手しにくく、食事がアメリカ風になっていたのと、車にばかり乗っていたからだ。アジア人が多く、電車で移動できるベイエリアに引っ越してから、体重は元に戻った。
30日目が近づくまでにモーガンの体重は14キロも増加した。スーパー・サイズにこそならなかったものの、体脂肪率は11パーセント増加、肝臓はフォアグラのように肥大し、コレステロール値は危険領域の225に突入した。
三人の医者は「こんなバカげた実験を続ければお前は死ぬ。私は医者として協力できない」と怒り出す。
同じく実験に反対していた同棲相手の彼女は「モーガンのおちんちん、全然固くならなくなっちゃった」と嘆く。
モーガンは何度もマクドナルドのCEOジム・カンタルーポにインタビューしようと電話し続けるが、最後までのらりくらりと断られ続ける。マクドナルドの広報はモーガンを非難した。
「モーガンはアンフェアだ。まず、マクドナルドばかり食べていれば病気になるのは当然だ。それに他にもファストフードはあるのにうちだけを悪者にしている」
モーガンは「実際にファストフードばかり週に何回も食べている人々がいっぱいいる」と反論した。
これは事実だ。ショッピングモールにはファストフードしかない場合も多いし、貧困層は生活に追われたシングルマザーの家庭が多く、安いファストフードに依存している。当然、貧困層のほうが肥満率は高い。
またモーガンは「マクドナルドをターゲットにしたのはアメリカの食生活の象徴だからだ」と言っている。
実際、この映画では他のファストフードやファミレス、ジャンクフード、清涼飲料水など、国民に油と砂糖を過剰に配給する企業はすべて批判されている。
たとえば、アメリカでは学校や工場や会社などあらゆる場所に菓子やジャンクフードやコーラの自販機があるのだが、予算の少ない学校に寄付することで自販機を置いている。金持ちの子供が多い学校では自販機を拒否するのだが、貧しい地域の学校は寄付が欲しくて自販機を置くので貧しい子供ほど肥満にされてしまうのだ。
マックを訴えた肥満女性たちは結局裁判を取り下げた。米議会はこのような訴訟を禁止する法案を可決した。
「マックはファストフード店のリーダーだ。マックがやったことは後に他の店でも実現する」とモーガンは言う。
この『スーパー・サイズ・ミー!』が今年1月のサンダンス映画祭で初めて公開されると、マックは突然、ヘルシー路線を全米でスタートした。
まず、今年中に全米のチェーンでスーパー・サイズのサービスを止めると発表した。さらにフレンチポテトとコーラのコンボではなく、サラダとミネラル・ウォーターと万歩計(!)をつけたヘルシー・コンボも始めた。そしてトレイ(お盆)の下に敷く紙に食生活と栄養と健康についての豆知識を印刷し始めた。老廃鶏ではなく食用チキンの肉を使ったホワイトミート・チキンナゲットも発売した。
この革命的な変化についてマクドナルドは「あの映画のせいじゃない。前から計画していたことだ」と言っている。
そのヘルシー路線開始から一ヶ月後、『スーパー・サイズ・ミー』全米公開の一ヶ月前の4月19日、モーガンが会いたがっていたマクドナルドのCEOジム・カンタルーポが60歳の若さで急死した。
心臓麻痺だった。